日本で進む「低所得層のさらなる低所得化」
ピケティらの分析では、日本も世界的な傾向と同じように富裕層への富の集中が緩やかに見られます。しかし、丁寧にデータを分析してみると、実際には日本は世界的な傾向とはやや違う動きをしていることが分かります。
この分析を進めているのが、一橋大学の経済研究所の森口千晶さんです。世界的にも高く評価されている経済史家です。森口さんの分析によれば、まず日本は戦前には高額所得者への所得の集中が極めて高い格差社会であったのに対して、戦後、その格差は小さくなり、そのまま安定していったことが分かっています。「一億総中流社会」の様相が強くなったのは戦後の話です。
さらに、ここからが重要です。多くの国で高額所得者への富の集中が起こっている一方で、日本ではその傾向はそれほど顕著ではないのです。特に、トップ0.1%の高額所得者への所得の集中度を見ると、アメリカなどでは1980年代以降に高まっているのに対して、日本ではそれは見られません。
日本のトップ0.1%の高額所得者への富の集中は戦後一貫して2%程度で推移しているのに対して、アメリカの場合は、日本と同じ2%程度であったものが、1980年代から上昇し、8%台にまでなっているのです。
しかし、1990年代以降、日本でも格差が広がっているという指摘がたびたびなされています。なぜでしょう。じつは日本では、ピケティが示したように高額所得者への富の集中が起こったのではなく、むしろ低所得層のさらなる低所得化が進行していったのです。この点が国際的に見ても特徴的であると森口さんは指摘しています。
なぜ日本で「低所得化」が進んだのか
なぜ日本では低所得化が進んだのでしょう。これにはいろいろな要因が複雑に絡んでいるので、慎重に考えていく必要があります。
たとえば、低所得化の査証としてよく取り上げられる数字は、1世帯あたりの所得です。戦後安定的に増加してきた1世帯あたりの平均所得は、1995年には659万円になりました。しかし、それが、2010年には538万円になっているのです。確かに、貧しくなっているように見えます。
しかし、世帯あたりの所得の減少は、単純に世帯数が増えていることを反映しているのかもしれません。親子3人が一緒に暮らす世帯を例に考えてみましょう。それまで学生だった子どもが就職しても、落ち着くまではしばらく一緒に暮らしていたとします。子どもの年収が300万円で、親の年収が700万円であったとすれば、この世帯の年収は1000万円になります。