事前配布のメリットは、単に時間を節約できることにとどまらない。
先ほど、会議の目的は意思決定だと述べたが、意思決定とは、言い換えれば「どのリスクを取るか」ということだ。会議で交わされる議論とは、煎じ詰めれば、提案の中にどのようなリスクが存在するかを洗い出し、明らかになったリスクのうち、どのリスクを選択するかを突き詰めていく作業にほかならない。
やるべきか、やらざるべきか、いずれを選択してもリスクはある。「やる」という決定を下せば失敗というリスクがあり、「やらない」という決定を下せば、利益を逸失するリスクがある。
むろん、リスクゼロという選択肢が存在すればベストなのだが、経営環境は時々刻々変化していくから、限りなくリスクが小さく見える案件でも、リスクゼロということはありえない。
それゆえ、会議では往々にして20%のリスクを10%に減らすためにもう少し時間をかけて検討してみてはどうか、といった意見が提出されることになる。リスクを低減させるという名目で、決定が先送りされがちなのだ。しかし、そんな逡巡を重ねているうちに、ビジネスチャンスはどんどん逃げていってしまう。意思決定は的確であると同時に、常にタイムリーでなければならない。
資料を事前に配布すると、参加者は自分なりの判断を携えて会議に臨むことになるから、会議の開始と同時に意思決定の議論、リスク選択の議論に突入できる。結果、タイムリーな決定を下すことが可能になるのである。駆け込みの提案も多いから事務局は大変だと思うが、私は事前配布を始めてから、会議のレベルが高くなったことを実感している。
会議のレベルを上げるという意味では、ボード(取締役会)のメンバー構成も重要である。ボードのメンバーが、多様性に富んでいることが非常に大切だ。
かつての資生堂のボードに、“執行の決定を追認する”という色彩があったことは否定できない。しかし、現在のボードはまるで性格を異にしている。実際、3回目の提案でようやくボードの了承を得られた案件もあるほど、ボードでの議論は濃密である。