※本稿は、朝日新聞取材班『自壊する官邸』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
平成の政治改革の終着駅、第2次安倍政権
2020年2月、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号で新型コロナウイルスの感染者が急拡大していた際のことだ。沖縄の那覇港を出発した別のクルーズ船が、感染者のいる可能性があるとして台湾に寄港を拒否され、沖縄に戻ろうとしていた。
「おいおい、あと2時間で沖縄に着くぞ」
官邸で首相秘書官らが見ていたのは、船舶の位置を確認できるインターネットの民間サイトだった。官邸関係者によると、国土交通省から連絡がなく、
「国交省は全然駄目だな」
と官邸官僚たちはささやき合った。民間サイトを見ながら、クルーズ船を沖縄に再入港させないよう国交省に指示したという。
「官邸主導」「強い官邸」をめざした平成の政治改革の終着駅とも言えるのが、第2次安倍政権だった。内閣人事局の誕生で、首相や官邸は官僚たちの人事権を掌握。リーダーシップを強め、かつての縦割りの弊害を打破していった。
「霞が関の知恵」を結集できない相互不信
一方、首相の安倍晋三が率いる自民党が国政選挙で勝ち続ける中、官邸はさらに力を強めていった。「強すぎる官邸」を前に、官僚たちは直言や意見することを控えるようになった。
官邸を恐れて遠ざかる官僚。そして知恵を出さない官僚たちを信頼できず、トップダウンで指示を出す官邸官僚。布マスクの全戸配布などの迷走したコロナ対策は、官邸主導の負の側面が凝縮したかのようだった。
元事務次官の一人はこう残念がる。
「新型コロナの対策は未知のことばかり。こんな時こそ、霞が関の知恵を結集させるべきだが、それができていない」
7年8カ月に及ぶ最長政権は2020年9月に幕を下ろした。しかし、安倍政権の間、人事権を手に霞が関ににらみをきかせてきた官房長官の菅義偉が「安倍政権の継承」を掲げて首相のイスに座った。
コロナ対策の迷走は続く。
「官邸に行きたいが、菅さんの機嫌が悪いようだ」
官僚たちの間ではそんな会話がかわされる。官邸は官僚たちの仕事ぶりに不満を抱き、官僚たちは官邸を恐れ、萎縮するという相互不信の構図はいまも変わっていない。