その日も、茅ヶ崎市(神奈川県)の知り合いの家で家族連れでバーベキューをやって、菅原文太さんにもらったお米で作った“シャンパン”をがぶがぶ飲んでいたら、気持ちよくなってしまって。目の前が海だったので、服を着たまま飛び込んじゃった。それで、溺れる寸前に助け出されたんです。

帰りの車中で運転席の妻の怒り方が尋常じゃなくてね。やけに冷めているんですよ。気づいたら、私はずぶ濡れで、車の助手席に座っていて、尻の下には新聞紙が敷かれていた。何が起こったのか分からないんですけど、妻は鬼の形相で、何も教えてくれない。後ろの席では、子どもたちが泣きじゃくっている……。

申し訳ないと平謝りしたら、妻が「海に向かっていくとき、あなたの顔には死相が浮かんでいた。この人は、こうやって死んでいくんだろうなと思った」と。それを聞いて、すっごく怖くなって。酒で死ぬ自分がリアルに想像できたんです。たいした仕事も残さないまま、酒に溺れ、海で溺れて死ぬんだ……と。なので、その日から今日に至るまで、酒は一滴も飲んでいないんです。

酒を捨てて、生産性は格段に上がった

——仕事上、酒の付き合いはあると思いますが、飲めなくなってさみしく思うことはないですか。

【新谷】もともと酒好きというより、酒場の雰囲気が好きだったんですよ。性格的に、酒がなくても酔えますしね。今はウーロン茶を飲みながら、どんちゃんどんちゃんやっています。何かを捨てたら何かを得るといいますけど、酒を捨てて、生産性は格段に上がりました。夜、酔っぱらっていることもないし、朝も二日酔いで頭が働かないなんてこともなくなりましたから。

『文藝春秋』編集長の新谷学さん
撮影=門間新弥

——今、話をしながら、改めて、こういう方だからこそ、相手も気を許し、つい本音を話してしまうんだろうなという気がしています。

【新谷】相手にしゃべってもらう方法って、いろいろありますよね。作家の海老沢泰久さん(1950-2009)は、「相手が黙っても絶対、しゃべっちゃだめだよ」と言っていました。長い沈黙を経て、相手が本音を語り始めることもあるから、って。でも、タイプ的に、私にはそれはできない。相手が黙ったら、調子いいことを言って、盛り上げようとしてしまう。