——週刊文春編集部の人は、よく言っていますよね。締めの部分をしっかり読んでほしい、と。確かに、おもしろがってはいても、必要以上に攻撃してはいない。いつも論調を先鋭化させるのは、追従した他メディアであり、世間なんですよね。

【新谷】私たちに人を裁く資格なんてない。われわれだって間違いは犯すわけですし。人間、そんなに偉いもんじゃないんですよ。だから、そこは書く人間にはいつも言っているんです。「トドメは刺すなよ」と。

——週刊文春で、ジャーナリストの立花隆さん率いるチームが田中角栄の金脈を暴いたときも、当時の編集長は「正義感ではなく好奇心」と語っていたそうですね。名言ですよね。

【新谷】私の大先輩にあたる田中健五さんの言葉です。それが文春だと思うんですよね。知りたい気持ちを大切にする。明るい野次馬根性っていうのかな。

ハンディレコーダーとペンとノート
写真=iStock.com/FeudMoth
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——立花隆さんが、生前「記者たるものは、近所で火事があったら真っ先に駆けつけるような野次馬根性がないとダメだ」と言っていて。ハッとさせられた記憶があります。

【新谷】立花さんは、よく「事あれかし主義」という言い方をしていたそうです。事なかれ主義ではなく。記者は大きな事件があると、心がざわつくようなところがありますからね。「なになに? どうしたの?」って。

好奇心は大事だが、敬意を欠いてはいけない

【新谷】会社に入った1989年6月ごろ、スポーツ誌の『ナンバー』編集部に配属されたんですが、ジャーナリストの本田靖春さんとラスベガスにボクシングの取材に行ったんです。そうしたら、本田さんが「飛行機に乗ると、いつも落ちないかなって思うんだ。それで自分は生き残って、その一部始終を書きたい」と。すごい世界に入ってしまったなと強烈な印象を受けました。

——でも、どんなに好奇心を刺激されることであっても、道徳的なラインのようなものはあるわけですよね。

【新谷】抽象的な言い方になってしまいますが、人間に対する敬意を欠いた記事は嫌ですね。水に落ちた犬も同然だと思うと、自分は安全地帯から、これでもかというくらい叩く。

最近も、オリンピック開会式の楽曲制作に関わったミュージシャンの小山田圭吾さんが昔の過ちを理由に辞任しましたが、社会から完全に抹殺してしまうことには違和感がある。でも、そう言っただけで「擁護するのか」と、その人まで炎上してしまう。自分の側に「正義」があると信じている人って、違う意見をまったく受け入れようとしないじゃないですか。そういう傾向にはくみしたくないですね。

——小山田さんのインタビューは当然、画策しているんですよね。

【新谷】出てきてほしいですよね。彼がしたことは到底、容認できませんが、彼の話は聞いてみたい。実際に会って話を聞いたら、良くも悪くも、印象は変わると思うんですよね。

大酒飲みだったのに“酒断ち”を決意した事件

——『週刊文春』で仕事をすると新谷さんの話を聞くことがありますが、こんなに人から嫌われそうなことをしていながら、こんなにも慕われている人はそういないんじゃないかと思っていました。

【新谷】いやいや、向かうところ、敵ばかりです。会社から粛清されかけたことも何度かありますし。

——意識しているのか無意識なのかは分かりませんが、新谷さんは隙を見せるのがうまいですよね。相手をつい、油断させる。『2016年の週刊文春』にも書かれていましたが、酒で何度も失敗したり。本当に死にかけたのですか?

【新谷】『週刊文春』編集長になる前、2009年ごろだったかな。私は適度に酒を飲むことができなくて、飲むとなったら、とことん飲んじゃう。