終活は万全なはずだったが…
子どもはおらず、相続人は妻だけ。遺産分割でもめる恐れもない。都内に自宅があり、年金とそれなりにある有価証券などの金融資産を加えれば、妻の老後が破綻する恐れもない。Cさんは、墓は建てず、自宅に近い最先端の機械式(自動搬送式)納骨堂にお骨を納めるよう自ら予約し、毎年払う管理料も含め、納骨堂にかかる資金を妻に渡してあった。葬儀については、妻の体調が思わしくないこともあり、「簡単に家族葬で見送ってくれればいいから」と伝えてあった。終活は万全なはずだった。
Cさんはきょうだいが多く、葬儀は喪主である妻ではなく2人の弟が仕切った。Cさんの希望どおり、自宅近くの葬儀場で家族葬を営んだ。参列者は妻と弟2人、妹1人、甥2人。親族以外では、同じマンションの住人3人だけを呼んだ。大規模修繕をめぐり、マンションの管理組合で苦労を共にしたからだという。
だが、思いがけないことが起きた。「商売仲間」がCさんの死を知って、駆け付けてきたのだ。「最期のお別れさせないなんて、薄情だ」と。
高級食材の買い付けが本業だったCさん。どこの産地で何が品薄かの情報をいち早く仕入れ、素早く買いを入れ、転売することで利益を上げてきた。同業者はライバルでもあり、貴重な情報源でもある。半世紀近くにわたって、人脈を築き上げてきたのだ。
通夜の直前に故人の携帯電話が鳴った
開店休業中のCさんが亡くなったことは、病院の透析仲間から漏れたらしい。弟の一人は「通夜の直前に兄の携帯電話が鳴ったので、不審に思いながら出てみると、同業だと名乗る人からの電話でした。翌日に控えていた告別式の時間と場所を聞かれたので、『本人の遺志ですから、家族だけで静かに見送ります』と断ったのですが、『死に顔をみるだけです』『Cさんにはとてもお世話になりました。最期の別れをさせてください』と強いて尋ねられたら答えないわけにもいかず……。だいたい、故人とどれくらい親しいのか分かりません。義姉もよく分からないと言うだけで、ぜひにと言われれば断れませんでした」という。
弟は、電話をかけてきた同業者だけが訪れるものだと思っていた。実際は、葬儀に20人以上の商売仲間が次々と訪れ、「帰ってくれ」とも言えなかった。最初に電話をかけてきた同業者から連絡が行き、家族葬と知らずに参列した人が大半だったようだ。