時間を有効に使おうとするあまりかえって非効率に

マルチタスクで思考している際の大きな問題が、先ほどお伝えした「今この瞬間」に意識を置くことが難しくなることです。

たとえば「美容室の予約をしなきゃ」という考えが浮かんだ場合、それはあなたが今ここで体験していることではないと思います。

そこに美容室の空間もなければ、美容室のにおい、美容師さんと話している会話もありません。でも、頭の中にはそうした美容室にかかわる色々な記憶が想起され、今ここではない、イメージの世界をつくり出しているわけです。

では、もしこのとき考えているのが美容室の予約のことではなく、「明日までにプレゼンの資料を提出しなきゃ」ということだったらどうでしょうか? 美容室の予約についての考えが、今この瞬間の体験ではないことは理解いただけたと思いますが、「明日までにプレゼンの資料を提出しなきゃ」というのは、一見すると今抱えている課題ともいえそうです。しかし実際には、「〜しなければ」という思考の内容です。思考は、それ単体で存在し続けることは非常に難しい特性を持っており、1つの思考が別の思考の連鎖を生むものです。

たとえば、最初は「明日までにプレゼンの資料をつくる」というシンプルな思考だったはずが、そこから連鎖するように自動的に「夕方までに大半を仕上げないと確認する時間がないぞ」とか、「この資料で上司が納得してくれるか不安だなぁ」といった、今ではなく未来のことについての考えを誘発しがちです。いうまでもなく、最も効率的に資料を完成させるためにできることは、今目の前にあるグラフを完成させることであり、そのための数値をエクセル上に入力することのはずです。しかし、思考する内容が多種多様に広がれば広がるほど、脳内での情報処理はマルチタスクになってしまいます。「今は○○をしなければ」と思っているにもかかわらず、実際には目の前の作業に集中できず、作業効率が大幅に低下してしまうのです。

たくさんのノートを広げて頭を抱える女性
写真=iStock.com/101dalmatians
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こんなことが、現代人の日常にはあふれています。

「多忙」になり過ぎた私たちにとって、限られた時間を有効に使おうとするあまり、かえって非効率かつエネルギーロスも大きくなっているというジレンマは見逃せない問題となっているのです。

必要なのは「全集中」より「適度な集中」

「集中する」と聞くと、他の物を一切見ないでただそれだけに全神経を注いでいるイメージが浮かぶのではないでしょうか。でも私がお勧めしている集中の仕方は、それとは少し違うものになります。

もちろん、必要に応じていわゆる「全集中」の状態をとっさに作り、タスクを終えたら解除することができれば、それに越したことはないでしょう。ところが残念なことに私たちの脳は、どうやらそこまで器用にはできていないようです。

ちょっと専門的な話になるのですが、あまりにも極度に集中が高められた状態では、かえって社会生活を送るうえで支障が生じてしまう可能性があるのです。専門的には「過集中」というのですが、その作業に没頭し過ぎてしまって、その他の生活上必要なことを忘れてしまったり、通常の生活にモードを戻すのが難しくなってしまったり、エネルギーが消耗して虚脱状態になってしまったりするのです。ですから私は心身ともに健康で、疲労を抱え込まずに生きていくための方策をご紹介する際、「集中」という言葉をあまり強調しないよう心がけています。

私のお勧めする心の状態は、「適度な集中」です。別の言葉にするなら「注意を今ここに置く」といったところでしょうか。

言葉でいうと何やら難しそうですが、実はとってもシンプルなことを指しています。「注意」というニュアンスが分かりにくい場合は、置き換えをしていただいても構いません。たとえば、「そこの階段は危ないから注意してね」というとき、「そこの階段を意識してね」といっても伝わりますよね。

ですからここでは、注意と意識はイコールだと思っていただいて問題ありません。心理学や精神医学の分野では「注意」という言葉を用いるのですが、すべて「意識」に置き換えてもけっこうです。