既にアメリカ企業は北方領土に進出している

膠着状態の交渉を脇目に、ミシュースチン氏のいう本命の「西側」とは、どこの国だろうか。ズバリ、アメリカ企業の誘致だ。

米露の首脳は、近年の両国関係を「最低の水準にある」と認めあっているのに、本音は別のようである。

2018年3月、色丹島でアメリカの建設機械大手のキャタピラー社が、ディーゼル発電所の建設を計画していることが明らかになり、翌年に2基の発電所が稼働を開始した。電力は、24時間体制で操業し、500人が働く水産加工工場に供給されるタイミングであった。この工場はロシア最大級の規模を誇り、プーチン氏に近い経営者が運営する水産最大手の「ギドロストローイ社」のものである。

ひどい話である。2018年といえば、歯舞群島と色丹島の引き渡しを明記した日ソ共同宣言(1956年)を基礎に、日露首脳間で平和条約交渉を加速することを合意した年だ。これを基に、安倍政権は従来の原則4島返還を変更し、事実上の2島返還をめざす方針に転換している。

ところがこの裏側で、ロシア政府は2島の一つの色丹島にアメリカ企業を誘致していたことになる。ロシア政府は色丹島を日本に返還する意思がまったくないからこそ、アメリカ企業に働きかけた。アメリカ企業にしても、色丹島が日本に返還される可能性が少しでもあれば、わざわざ進出することもなかったはずだ。

トランプによる北方領土カジノ構想

アメリカの投資家にとって色丹島にかぎらず、北方領土はポテンシャルが高く、食い込みたい案件になっている。わたしが4年前に国後島を訪問したとき、現地のロシア男性がわたしにこう息を弾ませた。

「毎年、夏から秋にかけてアメリカのクルーズ船が国後島に入港します。カムチャツカ半島からクリル諸島(千島列島)に沿って南下する客船からは、オットセイやトドなどの海生動物や貴重な野鳥を観察できます。自然の楽園を満喫できるツアーのようです。乗客は国後島で下船し、温泉につかったり、海産物を食べたりしています。乗客のなかにはアメリカ人にまじってカナダ人、ドイツ人も見かけますが、なかには日本人もいます」

この島民は2015年頃から客船が入港するようになったと振り返った。アメリカは千島列島と北方領土を、観光利用しようとしているようだ。日本人まで参加しているとは。

そういえばトランプ前大統領が2005年に来日した際、「北方領土カジノ構想」を語っていた。国後島に最新の空港を建設し、世界最大級のカジノリゾートを建設するというのだ。トランプ氏は自分の資金やロシアでのビジネス経験を活かして、カジノを中心にホテルとアミューズメントパークが一体となった統合型リゾート施設を建設したいとアピール。顧客はアメリカやロシアの富裕層を想定していたというが、いまや民間人となったトランプ氏の動向は今後、要注意である。

アメリカは、日露の北方領土問題にどうしても絡みたいようだ。

不可解な話なのだが、昨年12月、アメリカ国務省は唐突に、北方領土で「生まれた人たち」がアメリカの永住権(グリーンカード)を申請する際、出生地の欄に「日本」と記入するように求めはじめた。一見、アメリカが北方領土交渉で日本をサポートしているかのように思える。

でも、騙されてはいけない。現在北方領土の住民の大多数は、ロシア国内のほかの地域から移住してきた人たちばかりだ。経済復興を当てにしたり、自然にあこがれてきたり、そんな人ばかりである。アメリカが想定する北方領土で生まれた人は、ほとんどいない。アメリカの手続きを逆に解釈すれば、北方領土をロシア人が住む地と認めるに等しい。