直接的な原因となった米GEの石炭火力発電所建設撤退
ツズラ発電所の更新計画が暗礁に乗り上げた最大の理由は、この計画に関わっていた米GEの撤退にある。GEはもともと、ボイラーやタービンといった発電機をこの計画に納入する予定であった。しかし昨年9月、再生可能エネルギーに注力することを理由に石炭火力発電所の建設から撤退する方針を示したことで、この計画から離脱したのだ。
中国企業側は代わりの下請け業者をボスニア・ヘルツェゴビナ政府〔正確には、同国を構成するボスニア・ヘルツェゴビナ連邦(FBiH)政府に対して。同国はさらにスルプスカ共和国(RS)と呼ばれるカントン(canton、行政区画)から構成される〕に提示したが、同政府がそれを拒否、そのため計画そのものが行き詰まることになった。
世界銀行によると、ボスニア・ヘルツェゴビナの一人当たりGDPは2019年時点で6108.5ドル(約67万円)と少なく、欧州の最貧国の一つだ。その複雑な国体が示すように、旧ユーゴ紛争(1991~2001年)で深刻な民族対立を経験した。工業力は弱いが、一方で国内には鉱物資源が豊富に存在し、その一つが石炭ということになる。
電力の安定供給は経済発展の礎の一つだ。国内に石炭が豊富であれば、それを用いない手はない。確かに温室効果ガスの排出が懸念事項だが、老朽施設を最新鋭の設備に更新できれば、石炭火力発電所とはいえ温室効果ガス排出を相当程度削減できる。同様の思惑を持つ後発国は少なくないわけだが、それを許さないのがEUと米国だ。
G7ではない中国が石炭火力輸出を強化する可能性
今年5月、主要7カ国(G7)の気候・環境省会合がオンラインで開催され、各国に「裁量」を認めつつも、後発国が石炭火力発電所を建設する際の開発支援を今後は行わないという共同声明を出した。石炭火力発電所の建設をリードしてきた日本を欧米が潰しにかかっている側面もあるため、日本の産業界でも反発の声が上がった。
とはいえ、G7に含まれない中国はこの声明に束縛されない。そのため、中国の発電所の建設ノウハウを持つ重電メーカー、例えば中国華電工程などが中国の開発支援と紐づきで石炭火力発電所の「輸出」を増やす展開も想定される。中国が輸出する石炭火力発電所は温室効果ガスの排出量が多い旧式のものであり、温室効果ガスの排出も多い。
具体的には、中国は「亜臨界圧」と呼ばれる、最新の「超々臨界圧」から比べて二世代前の古い方式の設備を輸出している。発電効率が悪い一方で維持管理が容易なため、後発国での人気はむしろ高い。後発国の石炭火力発電マーケットから日本を締め出した結果、効率に劣る中国の席巻を許して温室効果ガスの排出が増えれば、元も子もない。