うつ病、物忘れから同居へ

退院してからというもの、祖母は自分の背中が丸くなってしまったことにショックを受け、意気消沈。入院前までは明るく活発で、自分の姉妹や従姉妹と旅行やランチに出かけていた祖母だが、一日中家の中に閉じこもるようになってしまう。プランターで花を育てるのが好きだったが、それさえせず、全く笑顔を見せなくなった。

心配した母親が、祖母を病院へ連れて行くと、うつ病と診断され、服薬を開始。また、祖母は年に何度か湖西さんの家に泊まりに来ていたが、2009年になると、電車の乗り換えの仕方を忘れたと言い、母親に訊ねるように。

母親は、「このままでは迷子になったり、行方不明になったりするのではないか?」という不安を感じ、湖西さんに「お祖母ちゃんと同居しようと思うんだけど……」と相談。湖西さんは「一緒に住めるの?」と喜んだ。

2010年。祖母との同居が始まった。介護認定調査を受けた結果、祖母は要支援2。

同居と同時に祖母は、週に3回デイサービスの利用をスタートしたが、最初はなかなかデイサービスに行きたがらなかった。だが、顔見知りが増えるにしたがって、通うのが楽しくなってきたようだ。

デイサービスがない日は、祖母は家で一人で過ごした。朝、母親が昼ごはんを用意し、「昼はこれをチンして食べてね」と口頭で伝えたり、紙に書いたりすると、まだこの頃の祖母は、その通りにして食べることができた。

弁当
写真=iStock.com/GoodLifeStudio
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しかし、だんだん祖母の様子がおかしくなっていく。夜なのに「朝だ!」と言い張ったり、夕食を食べたのに「食べてない!」と言ってまた食べたりするようなことが増えてきた。

「母は仕事、私は学校なので、母が祖母に、『ご飯を炊いておいてね』とか、『野菜を切っておいてね』など、簡単な夕食の準備を頼んで出かけるのですが、帰宅すると何もできていないことが続き、母と祖母がケンカをすることが増えました」

朝、祖母は言われたことを忘れないように、母親が口頭で伝えたことを紙に書きとめるのだが、書いた紙の置き場所を忘れてしまい、結局何もやってないということが当たり前のようになっていった。

認知症を疑った母親は、祖母に認知症の検査を受けさせたが、「ただの物忘れ」と言われる。ようやく認知症と診断がおりたのは、約6年後の2016年、祖母が87歳になってからのことだった。