中国の政治・社会に詳しい愛知大学名誉教授の加々美光行氏は、過去の中国の躍進を振り返り、こう指摘する。

「世界に席巻する中国の製品、飛躍する中国企業、それを支えてきたのは中国の大小の工場でしたが、さらにそれを底辺で支えてきたのは『家族』という単位でした。家族は父母を息子や娘が支え、それをまた子どもが支えるという逆三角形を成すのが典型ですが、昨今は中国でも逆三角形が形成されなくなっています」

親と一緒に生活した記憶がない

中国では、幼い頃から親と別れて住んでいる子どもたちは少なくない。広東省に住む2002年生まれの王さん(仮名)は、両親が出稼ぎに行き不在だったため、子どもの頃から親戚に預けられていた。王さんは自分の生い立ちを次のように語っている。

「私は子どもの時から叔父夫婦に預けられていましたが、ほとんどの時間を幼稚園や学校の寄宿舎の中で過ごしました。寄宿舎から出られるのは週末だけで、毎週、金曜日の午後に叔父が迎えに来ました。一番つらかったのは夏休みや冬休みです。このとき、ほかの子どもたちはみな自分の家に戻りますが、私だけが幼稚園に取り残されました。毎日、自分の家に帰ることだけを考えてきました」

王さんは小学校に入学すると、今度はいとこの家に送り込まれたがなじむことができず、トイレにこもって泣くこともあったという。もはやこのときの王さんにとって、会いたいと思うのは父母ではなく叔父夫婦だった。親と一緒に生活した経験を持たない王さんは「父母の残像はありません」と語る。

現代の中国の中小都市は、多くの労働者の流失に悩まされている。労働者とはつまり、故郷や家族と遠く離れることを決意したお父さんやお母さんでもある。

「地方の中小都市はシャッター街、たむろしているのはもはや老人と赤ん坊だけ」(加々美氏)。過疎化が始まるのは遠い内陸の農村部だけではなく、上海に近い沿海部の中小都市でもいずれその日が来ると懸念されている。

“子ども好き”な中国人に起きている異変

中国語で子どもは「宝貝(バオベイ)」という。まさに子どもを宝として、家族や社会が大事に育んできた。筆者も90年代後半に上海で子どもを育てた経験を持つが、公園や地下鉄や飲食店、その行く先々で1歳の娘は庶民に囲まれ大歓迎を受けた。中国人は子ども好き――そんな印象を深めたのもこの頃だ。

あれから二十数年がたち、世代交代が進んだ現在の中国では、子どもを欲しがらない夫婦が増えている。上海に住む劉さん(仮名)の一人息子・魏さん(仮名)もその1人だ(筆者注:中国は夫婦別姓で、子は父方の姓を受け継ぐ)