文大統領の思惑が影響したか

2017年5月の大統領選挙で当選した後、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、安全保障面で米国を、経済面では中国を、そして外交政策面では北朝鮮との宥和ゆうわとわが国への強硬な姿勢を鮮明にした。しかし、ここにきて同氏のわが国に対する姿勢には、幾分かの変化の兆しが見てとれる。

2021年6月7日、韓国・ソウルのソウル中央地裁で行われた判決を受け、取材に応じる元徴用工イム・ジョンギュ氏の息子ら
写真=EPA/時事通信フォト
2021年6月7日、韓国・ソウルのソウル中央地裁で行われた判決を受け、取材に応じる元徴用工イム・ジョンギュ氏の息子ら

具体的な事象の一つが、6月7日、元徴用工やその遺族がわが国企業16社に損害賠償を求めた集団訴訟にて、ソウル中央地裁が訴えを却下したことだ。

別の原告が起こした2018年の訴訟ではわが国企業に賠償を命じる最高裁判決が確定しているが、今回ソウル中央地裁は真逆の判断を下した。原告の主張を認めれば、日韓の国交樹立の基礎となり、韓国の経済成長の基盤形成に寄与した1965年の“日韓請求権協定”に違反する恐れがあると判断したようだ。

経済の側面から考えると、今回の地裁判断には、景気回復を進めて支持率回復を目指すために対日関係が重要になっているという文氏の考えが影響した可能性がある。特に、韓国経済の牽引役に位置付けられる半導体関連企業にとって、わが国企業との円滑な取引の重要性は高まっているだろう。

文氏が来年の大統領選挙で自らの政治路線の継承を目指すためにも、企業への配慮は欠かせない。そうした文氏の思惑が地裁の判断に与えた影響は小さくないだろう。

半導体需要に支えられて景気は好調

足許の韓国経済を俯瞰ふかんすると、全体として相応に好調だ。業種別にみると、製造業の回復が先行し、それが非製造業を支えている。ある意味、経済は二極化していると考えられる。

製造業では半導体などの業況が良い。米中対立や世界経済のデジタル化の加速、わが国の半導体工場の火災などによって半導体の不足が深刻化する中、サムスン電子の半導体生産ラインはフル稼働が続いているとみられる。米中をはじめ世界的な半導体需要の増加などに支えられ、5月の韓国の輸出額は前年同月比で45.6%増加した。外需に支えられて韓国の内需にも持ち直しの動きが広がっている。

6月上旬時点での韓国内外の経済環境が続くと仮定すると、目先、韓国経済は輸出を中心に回復基調を維持する可能性がある。そう考える背景の一つとして、米国に加えて欧州でもワクチン接種が進行している。

ワクチン接種は、経済の正常化に不可欠な要素の一つだ。ワクチン接種の進行によって米国に加えて欧州経済も正常化に向かう可能性がある。また、韓国にとって最大の輸出先である中国の景気も回復している。それらは外需依存度の高い韓国経済に追って重要な追い風だ。