他人の性行為を見られる機会はアダルトビデオだけ

【坂爪】私も性風俗の世界で働く女性を長年、支援するなかで、男性側の性に対する間違った理解や偏見が女性を傷つけてしまうケースをたびたび見てきました。

手は心が感じていることを言う
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これまでの性教育は、公教育だけでは不十分な点が大きかったため、主に民間の個人や性教育団体、NPOが中心となって啓発・教育を担ってきました。科学的にも医学的にも正しい内容なのですが、情報を必要としている若い世代に届きづらいというジレンマがあった。

【柾木】坂爪さんがおっしゃるとおり、性教育が十分に機能しているとは言いがたい。そんな状況にもかかわらず、アダルトビデオで性行為をいつでも見られる。いえ、他人の性行為を見られる機会はアダルトビデオだけです。

「AVは男性が興奮するためにつくられたものであり、女性の気持ちは考えられていません」と呼びかけるAVの関係者もいますが、AVのような性行為をすれば、女性が喜ぶとすり込まれてしまっている男性はたくさんいる。男女の性のすれ違いの原因には、男性視点でつくられたAVの影響も大きいと感じます。

【坂爪】女性向けのAVなども注目された時期がありましたが、AVの問題は性教育ともに今後も考えていけなければならない課題です。

かつて日本の村落共同体には、性について自然な形で学ぶ場がありました。男性は「若衆宿」に、女性は「娘仲間」に所属した。この2つは15歳から25歳程度の未婚者で構成する組織で、生活に必要な事柄を教わった。昼は共同作業を行って、夜は寺や集会所などに集まり、議論をしたり、年長者が飲酒などの娯楽を教えたりしました。そんななかで、性についても教える習慣もあった。

実は、10年ほど前に、若衆宿の役割を果たす場を現代に取り戻せないだろうか、と「成人合宿」と名付けた企画を立てていたんです。「成人合宿」とは、「これから異性との健全な性生活を開始したい」と考えている性体験のない若い男女を対象に、「生涯にわたって、異性のパートナーと健全な性生活を送るための知識と技術」を教えるプログラムでした。構想段階で大炎上し、断念しましたが(苦笑)。現代社会の文化や法制度の中で、性を実践的に学ぶ場を再構築することの難しさに直面しました。

女性が風俗に頼らざるをえなくなっている一因

【柾木】性について語る場の必要性は私も感じています。日本の性教育は1992年まで基本的に男女別々に行われてきたでしょう。その結果、男女間での性のコミュニケーションがうまくとれなくなってしまったのではないかと思うのです。例えば、夫が妻の肩をマッサージするとします。どの辺が凝っているのか。押した方がいいのか、もんだ方がいいのか。どれくらいの強さがいいか。相手に聞きながら、強さや位置を変えていくのが普通ですよね。

でも、性については、コミュニケーションが欠落してしまっている。要望を言うのもためらわれるし、仮に伝えたとしても男性側がきちんと受け止めてくれるかも分からない。女性がパートナーとの性行為を諦めて、女性向け風俗を頼らざるをえなくなっている一因かもしれません。