ツールによって思考が制限されたら本末転倒
では、なぜいきなりパソコンに向かってしまうとダメなのか。その思考を実践するなかで僕が感じた理由は2つあります。
ひとつは、パソコンに向かって考えていると、どうしてもプロセスが「思考→操作→描画」となって、思考が分断されるということです。
たとえば円をひとつ描くにしても、手書きの場合は好きな場所にサッと描くだけですが、パワーポイントなどで円を描こうとすると「操作」が必要になります。その操作に気をとられて手間どっているあいだに、思考そのものが収縮してしまうことがあるのです。
2つめは、思考の途中段階でパワーポイントを使って整えてしまうと、まだ途中段階だとわかっていても完成品のように見えてきて、新たなアイデアを入れにくくなるということです。
この2つめは本当に危険で、まったく思考が広がらなくなります。追加の案が出てきても、再度列を挿入してフォントの大きさや改行場所も含めて表をキレイに整える作業のことを考えると、ついつい新しい案の追加を拒絶してしまいます。
便利だからといって、ツールによって思考を制限してしまうのは本末転倒。パワーポイントなどで自分の案を清書するのは、自分の考えが出そろって整理し終わったあとにすべきです。つまり、パソコンはアイデアをまとめるツールではなく、「アイデアをきれいに清書するためのもの」と覚えておきましょう。
キーボードを叩いても脳のスイッチは入らない
手書きの効能は、実は脳科学の観点からも立証されています。「手書きで文字を書く」のと「キーボードを打つ」のでは、脳の働きがかなり違うというのです。
注(1)Anne Mangen, Jean-Luc Velay.Digitizing literacy:reflections on the haptics of writing. Advances in Haptics,387-402
注(2)川島 隆太、手書きの習慣が前頭前野の「論理力+情緒力」を飛躍的にアップさせる 脳科学が解明!「書く力を磨けば仕事力も上がる」 President 43(20) Oct 17, 2005, p.50~55
ちなみに前頭前野というのは、記憶や学習にも深く関連する部位で、思考や創造性、理性をつかさどっています。簡単に言えば、手書きで文字を書く行為は、タイピングやスマホのフリック操作とは違って、指先を繊細に動かす必要があるので、脳がフル活動しているということです。その分、脳が活発に働くので、記憶にも残りやすくなります。
デジタル入力した内容は、必ずしも我々の脳内で情報処理されるとは限りません。パソコンやスマホで入力したのに覚えていないということは割とよくありますが、手書きで書くと、身体が行為そのものを記憶します。ですから内容を思い出そうとしたときにも、「ああ、あのときこんなふうに書いたはず」という具合に、すんなり記憶を呼び起こすことができるのです。