あるいは、この人たちは「このような課題だけでなく、他の課題も自分にはできない。自分は何もできない」といったように、普遍的な説明スタイルをとり、無気力状態におちいるのです。

嫌な出来事を同じように経験したとしても、無気力状態になる人とそうならない人がいるのは、ある出来事をどのようにとらえる傾向にあるのかといった説明スタイルの違いによるのです。

自分の説明スタイルに自覚的になることが重要

さて、みなさんは、先ほどの二つの質問において、どのような説明スタイルをとっていましたか?

悪い出来事をどのように捉える傾向にあるのかといった説明スタイルは、みなさんがこれまで身につけた長年の習慣(くせ)によるものなので、すぐに変えるのは難しいかもしれません。でも、無気力になりにくい説明スタイルをとるような習慣を意図的につけることは、できるのではないでしょうか。

そのためにまず大事なことは、自分がどのような説明スタイルをとっているのかに気づくことです。説明スタイルは、知らず知らずのうちに身についてしまうものなので、意識しないと、自分がどのような説明スタイルをとっているのか、なかなか気づくことができません。

自分が常日頃、無気力になりやすい説明スタイルをとっていることに気づいたのならば、それとは違った理由を考える習慣をつけるように、心がけてみるとよいですね。

考え方次第で人生のあらゆる出来事の捉え方は変わってきます。

大きな失敗をしたときにどう考えればいいか

たとえば、「テストが一週間後にある」という、おそらく多くの人にとって嫌な出来事に対して、みなさんはどのように考えますか?

失望
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「あ~あ、テストか。勉強をしなくてはいけない。嫌だな……」と考えてしまった時点で、不安や憂うつな感情におそわれ、胸がしめつけられるような身体的反応を経験するかもしれません。そうなると、嫌々ながらテスト勉強に取り組むことになります。

しかし、「テストが一週間後にある」という同じ出来事に対して、「テストは知識を得るチャンスだ!」と考えてみたらどうでしょうか(これは、第二章で紹介した「勉強って大事だと思う作戦」になります)。何だか、やる気がわいてきませんか?

続いて、「大きな失敗をした」という時には、みなさんはどのように考えるでしょうか。

「恥ずかしい……。もう何もかも終わりだ」と考えてしまったら、本当に終わってしまうかもしれません。一方で「失敗は成功の第一歩だ。失敗から学ぶこともたくさんある。

それに一度失敗したからといって、すべてが終わるわけではない」と考えてみたら、どうでしょうか?