来たるべき令和に向けそれぞれが踏み出した一歩
追い討ちをかけたのが、愛子さまの不登校問題だ。最初は2010年3月、初等科2年生の時で、雅子さまは毎日のように付き添って登校した。そっくりの髪型のお二人がひたすら前を向いて登校する様子が週刊誌などに掲載されると、「母子密着」と揶揄された。「欠席」は中学生になっても断続的に報じられ、「叱らない子育て」が批判されもした。批判が高まると、雅子さまと愛子さまの髪の毛は長くなる。そんなふうに思ったこともあった。
2016年8月、陛下が退位を強くにじませた「おことば」を公表。世論もそれを後押しした。そしてその年、中学3年生の愛子さまは激しく痩せた。12月1日が愛子さま、9日が雅子さま、2017年2月23日が皇太子さまのお誕生日。その都度写真が公表され、愛子さまはどんどん痩せていった。指まで折れそうに細い愛子さまのほほ笑みが、痛々しかった。
2017年6月、退位特例法が成立。その年の12月、雅子さまのお誕生日に公表された写真には二つの変化があった。愛子さまの姿がなかったこと、雅子さまが長い髪を一つにまとめたお団子ヘアにしたことだ。振り返ると、この年が「愛子さまボブヘアへの道」の第一歩だったと思う。高校生になった愛子さまは、ご両親のお誕生日ごとに撮る家族写真を卒業した。雅子さまは下ろした長い髪を一つにまとめ、仕事モードに入った。来たるべき令和に向け、それぞれが一歩を踏み出したのだ。
おそろいのロングヘアは生きづらさの共有だったのか
以来、オンオフ問わず、いつでもお団子ヘアの雅子さま。令和に入ってからは行くところ行くところ大勢の人が押し寄せ、「雅子さまー」という声に包まれた。愛子さまも高校2年の夏にイギリス留学をした頃から元気さが増し、「高偏差値」「運動神経抜群」など「スーパー少女」として報じられるようになった。
勝手な想像だが、雅子さまの「生きづらさ」に心を寄せる人が増えたことも大きかったのではないだろうか。「男系男子」による皇位継承を定めた皇室で、生身の女性が「男子出産」を迫られる。その苦しさが広く伝えられ、このままでいいのかという議論になっていった。愛子さまの不登校や痩せた姿も、「男子でない」という自身の存在が根底にあると今はわかる。生きづらさを共有した母子のロングヘア。何か切ないような「おそろい」だったと思う。