銀座千疋屋も惚れ込んだ「宮古メロン」
そんな西里社長は、宮古島の隠れた特産品「宮古島メロン」を一躍高級フルーツブランドに押し上げた立役者の一人でもある。
市場で安価に取引されていたメロン生産を立て直そうと、農家を束ね、品質の改良からプロモーション、島の駅「みやこ」を通じた店舗・ネット通販の流通までを支援してきた。取り組みは結実し、高級フルーツを販売する銀座千疋屋が4月、「沖縄県“宮古島メロンフェア”」を開催するまでに至った。
1月~6月ごろまで半年にわたって旬を味わえる宮古島メロンは今季、14農家でトータル4000万円超の売り上げを見込む。前年に比べ1~2割の増収見通しだ。30年にわたってメロンを栽培してきた盛島賢有さん(69)は、年間1万個超を出荷する主力農家。島の駅での取り組みが始まる前の5年前に比べて、年収は3~4倍になったという。
サトウキビだけを作っていては…
意欲ある生産者や企業家の動きに、求められる側面支援を提供できるか。行政側のスピード感も試されている。
「宮古島のメロンがあんな有名なお店に見出されたのは感動的。銀座千疋屋で売られると聞いた時にはうそだろーって声あげましたよ。僕が生産者だったら泣いている。百姓のせがれで、つくる喜びも、やりがいも分かりますから」
宮古島市役所に4月に新設された「産業振興局」の局長に就いた宮國範夫さんは、銀座千疋屋で販売されると聞いた時の驚きを全身で表現した。
やりたいことはまさに、西里社長の実践と重なる。新設部署では、従来の縦割りを排し、局全体で生産者の育成から商品開発の出口まで、6次産業化目線の施策を吟味していくという。
「サトウキビだけを作って、若い人が定着しているかというとそんなことはない。島にとって重要なのは、若い人が島に戻り、夢を持って農業を続けたいと思える基盤をつくれるかどうか。今後10年、20年後を考えたら、旧態依然として動かなかったものを今動かさなくては」(宮國局長)
地方産業の解決策が見えてくる
コロナ禍は、地方の食の生産基盤を育てる必然性を改めて突きつけている。物流コストや飼料価格の高騰、人手不足の課題は島嶼地域の沖縄に限ったことではない。国内外の一次産業の現場を見渡せば、生産性を高めるための新たなシステムやテクノロジーの実用化が始まっている。
東アジアの中心にありながら、付加価値が高い農畜産の基盤がある石垣島や宮古島は、その実証拠点になりえる。
この島々がもつ“宝の山”を元手に、誰が農業革命を起こし、島の産業に新たな価値を生み出すのか。立地と素材の優位性に目を向ければ、解決すべき課題の一つひとつが浮かび上がる。その先には、島の生産者が豊かになる“勝算”しか、見えてこない。