起業チャレンジ制度に応募、審査員に失笑される

これらのアイデアを形にしたいという思いがふくらみ、2018年、意を決して関西電力の起業チャレンジ制度に応募。同時期に応募した社員は45人ほどで、そのうち予備審査を通ったのは柴田さんを含む13人だけ。そして次の1次審査では、通過したのは柴田さんだけだった。

他の応募者は、ほとんどがビジネスや技術の現場で働いてきた人ばかり。一方、柴田さんはビジネスについてはまったくの素人。しかも、この制度に看護師が応募するのは社内初のことだった。今思えば逆にそこが審査員にインパクトを与えたのかもしれないが、当時はとてもプラスには考えられなかったという。

「自分なんて場違いだし全然ダメだと思っていました。緊張しすぎて何を質問されたかも覚えていないぐらい(笑)。カトラリーに関しても、何の根拠もなく『100円で仕入れて700円で売ります』って答えちゃって、審査員の方々に失笑されてしまいました」

人生初の残業

1次審査通過後は事業内容をカトラリー販売に絞り、翌年5月には社内で実証実験がスタート。これを機に、柴田さんは病院から本社経営企画室に異動になり、24年間続けてきた看護師の職を離れることになった。

しかし、本当に大変だったのはここからだった。年末に控えた最終審査に向けて、起業の苦しみを味わう日々が始まったのだ。1次審査を通ったとはいえ、実際に出資してもらうには最終審査を通らなければならない。当然、事業の成長性を示さなければならず、そのためにはどんな数字が必要なのか、どんな資料をつくればいいのか、わからないことだらけだった。

猫舌堂のカトラリー。プレゼント用にも訴求していく。(写真提供=猫舌堂)
猫舌堂のカトラリー。プレゼント用にも訴求していく。(写真提供=猫舌堂)

コンサルタントがついたが、会話に出てくるビジネス用語さえ、何週間か経ってからようやく理解できる状態。指導の通りに動きながらも、何もわからないまま物事が進んでいくことに何度も挫折感を覚えた。作業量や勉強量も膨大で、人生初の残業を体験したという。

起業なんて自分には向いていないのでは、と思った時期もあった。だが、そのたびに同じ病気を抱える仲間や伴走役の本社社員、コンサルタントが励ましてくれ、夫の応援もあって乗り越えることができた。

「最終審査には、仲間からもらったハンカチを握りしめて臨みました。この頃にはもう、受かりたいという気持ちより自分や仲間の思いを伝えるんだという気持ちのほうが強かったですね。私たちが感じている社会課題は、当事者の誰かが発信しないと解決に向けて進みません。だから、とにかく伝えようと」