西バルカン諸国は欧州と中近東やロシアとの結節点であり、地政学的にも重要な意味合いを持つ。EUにとって西バルカン諸国の不安定化は、安全保障上の観点から是が非でも回避しなければならない。域内の世論を見定めつつも、モンテネグロに対して何らかの配慮をしなければ、EUはさらに西バルカン諸国の信頼を失いかねないわけだ。
債務が返済されない場合、モンテネグロの高速道路の所有権は中国側に移転することになるが、中国にとってそれは必ずしも望ましい結果ではない。セルビアとモンテネグロの交通アクセスが改善したところで、欧州全体に与える影響は軽微だ。それにこの計画の採算性はもともと低く、完工後に通行料をとったところで大した収入にもならない。
顕在化してきたEUの対応ミスのツケ
つまり中国としても、単に「不良債権」を掴むくらいならば借換の条件緩和に応じる余地は大きいはずだ。それを見越したモンテネグロが、中国とEUに対して外交ゲームを仕掛けた可能性は十分に考えられる。借換の期限となる今夏に向けて、当面はモンテネグロ、EU、中国の「三つ巴」の交渉ゲームが継続することになるだろう。
今回のモンテネグロの件がEUにとって意味することは、これまで軽視してきた西バルカン諸国への対応のツケが徐々に顕在化してきたという事実に他ならない。EUがモンテネグロの債務を全て肩代わりすることは不可能でも、今回の対応如何では、モンテネグロ以外の西バルカン諸国がEUに対する信頼感を失いかねず、その巧拙が問われる。
他方で中国は、モンテネグロに対するコミットメントを軽くし、EU加盟が当面先となる他の西バルカン諸国に開発援助を振り向けることになるのかもしれない。習近平体制が続く限り、中国は一帯一路という錦の御旗を簡単に降ろすことはできない。西バルカンからすぐに撤退することもあり得ず、他の国との協力強化を模索する可能性は高い。
同時に、中国が実は「債権の罠」に陥りつつあることも、今回のモンテネグロのケースは示唆しているといえそうだ。中国からの支援を受けて「債務の罠」に陥った途上国は少なくないとされるが、裏を返せば中国は、今回のモンテネグロのケースのように、債権者としての立場から不採算事業を保有し続けなければならないリスクを抱えている。