燃えた原稿は返ってはこないが…
なんということか、カーライルが何十年もかけて書いた『フランス革命史』を燃やしてしまったのです。原稿は、3、4分で灰になってしまいました。起きてそのことを知った友人は驚きのあまり言葉を失いました。他のものなら弁償できます。
紙幣を燃やしたら、同額の紙幣を返せばすみます。家を燃やしたら、家を建て直して弁償できます。しかし、何十年もかけて情熱を注いで書いた思想の結晶が燃えてしまったら、決して元通りの原稿にすることはできず、つぐなうことは不可能です。お詫わびに切腹したとしても、原稿は戻ってきません。
それで最初の友人に、どうしたらいいかと相談しても、もちろん最初の友人もどうしようもありませんでした。お詫びの言いようもなくて、1週間カーライルには黙っていました。しかし、そのままにしておくわけにはいかないので、結局カーライルに正直に話しました。
さすがのカーライルも、それを聞いて、ショックのあまり10日くらいぼんやりして、何もできなかったそうです。放心状態から戻ると、もともと短気な人だったので、猛烈に腹を立てました。あまりに腹が立ったので、心を落ち着けるため、歴史の本のような真面目な本ではなく、何の役にも立たない、つまらない小説を読んでいました。つまらない小説を読んでいると、カーライルはだんだん冷静になってきて、自分にこう言い聞かせました。
「原稿が燃えたくらいで絶望する人間の書いたものは役に立たない」
「お前は愚かな人間だ。お前の書いた『フランス革命史』はそんなに立派な本ではない。一番大事なのはお前がこの不幸に堪えて、もう一度同じ本を書き直すことなのだ。それができれば、お前は本当に偉くなれる。原稿が燃えたくらいで絶望するような人間の書いた『フランス革命史』は出版しても世の中の役に立たない。だからもう一度書き直せ」
こうやって自分を奮い立たせて、もう一度同じものを書きました。
たったこれだけの話ですが、これが『フランス革命史』の本ができるまでのエピソードです。原稿を燃やされたカーライルは本当に気の毒ですが、カーライルが偉いのは、『フランス革命史』を書いたからではなく、原稿が燃えても、同じものを書き直したからです。
失敗したり、挫折したりしても、事業を捨てず、気持ちを立て直し、勇気を出して、もう一度事業に取り組まなければなりません。書き直すことでそれを教えてくれたカーライルは、後世にとても大きな遺物を遺したことになります。