偉人が記した書物より本人の生涯のほうが価値がある

パウロの手紙とパウロの一生を比べると、パウロ自身の方がパウロの書いた12の信徒への手紙、ガラテヤの信徒への手紙より偉大です。クロムウェルがアングロサクソンの国を建国したのは大事業ですが、クロムウェルが当時政治家になって、自分の思想を実行し、神様の恩恵で勇敢な一生を送ったことの方が、クロムウェルの建国の事業より10倍も100倍も重要なことではないでしょうか。

私はもともとカーライル(英国の歴史家)を尊敬していて、カーライルの本をよく読んでいました。何度読んでも得るものがあり、刺激も受けましたが、カーライルの伝記を読むと、カーライルの一生に比べれば、カーライルが書いた40冊ほどの全著作は価値が小さいと思いました。

カーライルの一番有名な本は『フランス革命史』です。歴史家も、イギリス人が書いた歴史書では、この本がもっともすぐれているもののひとつだろうと言っています。読めばみなさんもそう思われるでしょう。

フランス革命をまるで目の前で起こっていることのように、映像が流れるように、いきいきと活写しています。どんなに優れた画家でも、そんなふうには描けないと思います。こんな本が読めて幸せだと思うくらい価値のある本です。

けれども、カーライルがこの本を完成させるまでの苦労を書いた伝記を読むと、カーライルの一生はこの本よりも、さらにすばらしいと思えるのです。長くなりますが、お話ししたいと思います。

ストーブで燃やされてしまったカーライルの原稿

カーライルはこの本を書くのに一生をかけました。特に長い本ではなく、誰にでも書けそうですが、歴史を詳細に研究し、史料をいろいろ取り寄せて読み込んで、情熱と労力を注いで書きました。何十年もかかってやっと望み通りの本が書けたので、そのうち出版しようと思って、清書して原稿にしました。

そんなとき、友人が遊びに来たので、それを見せると、友人はちょっと読んでみて「面白そうだから、今夜一晩かけて全部読みたい」と言いました。カーライルは、他人の厳しい目で見てもらって、その感想を聞きたいと思ったので、原稿を渡しました。持って帰った友人の家に、また別の友人が来て、その原稿を見ると、その友人も、面白そうだから貸してくれと言いました。最初に借りた友人は、明日返してくれるなら貸してあげようといって、原稿を又貸ししました。

又貸ししてもらった友人は、明け方までかかって読み終わり、翌日は仕事があったので、本を机に置いて寝てしまいました。そこへ、家政婦がやってきて、ストーブの火を焚こうとして、ストーブを燃やすのにいい紙ゴミはないかと見回すと、机の上に原稿があったので、それを丸めてストーブに入れて燃やしてしまいました(西洋では、木片の代わりに、紙をストーブに焚べるのが習慣なのです)。

暖炉で燃えあがる原稿
写真=iStock.com/krblokhin
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