「おじさん」を「おじさん」にしたのは誰か

では企業側は、生産性の低い人材をリストラすれば生まれ変わって、儲かる企業になるのでしょうか。「リストラ対象」のミドルシニアを大量に抱え込んでいるレガシー企業は、すでに高齢化企業で、優秀な若い人たちには魅力的な就職先ではありません。首を切ったミドルシニアの代わりに優秀なエンジニアなど新規人材が中途で雇えるかと言えば、そういうわけではありません。むしろ「おじさん」を「おじさん」たらしめた人事制度や風土がある限り、せっかく入った人たちも「おじさんの再生産」になるかもしれません。

また、企業の「社会的役割」も注目される昨今、「リストラすればいい」というのは無責任なことだと私は思います。ミドルシニアを「おじさん」にしたのは「企業」と日本の構造そのものです。一斉に新卒でスタートを切って、競争する。そのうちだんだんと「第一選抜」「第二選抜」が行われ、同期と差が開いていく。競争から溢れた人たちは当然やる気がなくなります。早いうちに転職するという方法もありますが、日本企業は出世競争の勝負がつくのは入社22年後と長期間かかりますし、メンバーシップ型雇用です。年次が上がるにつれて、給与も上がっていく。そのカーブは昭和の頃は今より右肩上がりのカーブでした。今もゆるやかなカーブがあります。

会社にしがみつかざるをえないおじさんの事情

全員が課長になれる時代が終わり、課長になれなくても、部長になれなくても、このカーブのおかげでおじさんたちは会社に残ることを選択する。奥さんは転勤や子育てでとっくに会社を辞めて専業主婦かパート主婦になっている。妻子を養うシングルインカムのおじさんたちはますます会社にしがみつかざるを得ない。入社してから一度も履歴書を書いたことがない人が、「45歳以上」になっていきなり転職するのはかなりのハードルです。なぜなら日本企業で頑張れば頑張るほど、「社内に特化した人材」になってしまうからです。