台風前の相場で売却することはほぼ不可能という現実
「ご存じかもしれませんが、あの台風以後、約10カ月ほどこのマンションの売買が成約した事例がまったく登録されていませんでした。2020年8月になってやっと2件、9月に1件が登録されただけです」
不動産仲介業者が売り物件や成約事例を登録する、国土交通省所管の指定流通機構のサイトを見ながら筆者は説明した。
その直近の3件の成約事例を見ると、いずれも台風前より1割程度は下落している。男性はそのこともある程度知っていた。
「台風前は値上がり分で諸費用を賄おうと考えていたのですが、今の相場ではそれが無理なのかどうかご相談したいと思いまして」
それとなく事情を聞いていくと、離婚協議中の奥さんはなかなか強硬で「台風前の値段で売ってちょうだい」と要求しているらしい。
「先生、何かいい方法はありませんか?」
男性は相変わらず、すがるような目で訴えかけてくる。
「はっきり申し上げますと、台風前の相場で売却することは、日本経済がインフレにでもならない限りほぼ不可能です。それどころか、8月以降のこの3件の成約事例の水準ですら、買い手が現れるかどうかわかりません」
筆者は“現実”を教えるしかなかった。
不運にも台風被害がほとんどなかった「双子タワマン」が隣地に
不運なことに、台風で被災したタワマンには双子の兄弟のような物件が隣地にそびえ立っている。同じ売り主、同規模、同時期の竣工で、名前も前半部分は同じ、サブネームだけが違う。あの台風直後に「武蔵小杉のタワマンで汚水逆流」というニュースがネット上を賑わせた時、当初はその双子タワーのほうだという誤情報が駆け巡った。
つまり、男性が売却しようとしているタワマンには双子の兄弟が隣に立っていて、そこはなぜか台風の被害がほとんどなかったのだ。
ということは、同じ条件で中古タワマンを探している人は、まずその被害がなかったほうの購入を検討する。被災した男性が離婚協議中の妻と共同所有するタワマンは、買い手側からすると「安ければ考えてもいい」という位置付けになるのが普通だろう。
現に、過去1年で被害のなかったタワマンのほうは10件の成約事例がある。しかも、8月以降にやっと3件成約した被災物件よりも5~10%成約額が高い。
そのことを説明すると、男性の表情がさらに暗く翳っていった。