ペアローンは非常にリスキー
台風は避けられなかった。しかし、ペアローンは賢明な判断をしていれば避けられた選択である。ペアローンとは、夫婦共同で住宅ローンを組むことで、それぞれの持ち分に合わせた金額を借り入れ、共同で個別の債務を返済していく仕組みになっている。これは考え方によっては非常にリスキーな仕組みだ。
まず、現在は新たに結婚する3組に1組がいずれ離婚するという時代だ。この男性のようにペアローンを組んだ状態で婚姻関係を解消しようとすると、売却額などで揉めることは簡単に予測できる。何といっても売り主側の2人が同意しないと売買そのものが成立しない。
次に、例えば35年という返済期間中は夫婦のどちらもがマンション購入時と同等かそれ以上の収入を確保し続けなければならない。そういう条件を満たして、やっとローンが完済できるのだ。
この男性の場合、あの台風で被災する前だったら売却によってペアローンがきれいに完済できたうえに、夫婦それぞれが少しくらいは手元に資金を残せただろう。しかし、仮にそのまま離婚せずにこのマンションに住み続けたとしても、ローンを完済できたかどうか疑問だ。
こういう問題に、うまい答えは見つからない。
その昔、ダイエーという巨大な流通チェーンを築いた中内㓛氏(故人)は、莫大な借金をしながら店舗をどんどん増やしていった。誰かに借金のことを指摘されると「成長はすべてを癒やす」と答えたそうだ。借り入れが危険なレベルにまで増えても、企業そのものが成長していれば何とかなる、ということだろう。
これを個人のマンション購入に当てはめると「値上がりはすべてを癒やす」ということになりそうだ。
この男性のケースも、ペアローンで購入したタワマンが値上がりを続けていれば、離婚協議になってもさほど悩まずに済んだかもしれない。しかし、マンション市場が永遠に値上がり基調を続けるわけがない。中内氏のダイエーも成長が止まったことで経営が傾いた。
コロナ禍で確実にマンション市場にも下落圧力がかかる
確かに、台風19号の襲来は予測不能であった。しかし、35年という年月の間には何が起こるかわからない。現に2019年は台風がたくさんやってきた。数十年のうちに台風の当たり年がやってくる確率は少なくないだろう。さらに天災以外でも今回の新型コロナウイルスのように、不動産市場を激変させる出来事が起こる可能性もある。
相談者のエンド男性には「できるだけ早く売るのがいいですよ」と話した。コロナ禍において、8、9月時点で中古マンション市場の相場観はそれほど崩れていなかった。その頃に売却すれば、相場で成約できる可能性があったからだ。
しかし、今後はそうはいかないだろう。コロナ禍で確実にマンション市場にも下落圧力がかかってくる。2020年末から年明けにかけて、住宅ローンを払えなくなったエンドさんたちの任意売却が急増することが予想されるからだ。
そうしたトレンドに陥った場合、「浸水したタワマン」という不名誉な枕言葉がつく武蔵小杉の不動産価値は圧倒的に不利なのだ。台風とコロナのWショックで、「ニューセレブの楽園」は、完全に過去のものになりつつあるようだ。