「あの人ゲイらしいよ」はなぜNGなのか
このように、アウティングはその人の命まで脅かすような事態にまで発展することがあります。
残念ながらアウティングは、当事者にとって珍しいことではありません。本書を読んでいただいている方の中にも、「◯◯さんってゲイらしいよ」という噂話を聞いたことがある人は少なくないのではないでしょうか。
悪意によって暴露されてしまい、それがいじめやハラスメントの問題につながることは言語道断ですが、実は必ずしも「悪意」だけでない「善意」によるアウティングにも注意が必要です。
例えば、同僚からカミングアウトされた人が「良かれと思って」職場の他の同僚やその人の上司にも「あの人、実はレズビアンなんだって」と伝えたとします。その中に実はセクシュアルマイノリティに対して差別的な感情を持つ人がいた場合、その瞬間から当事者にとって自分のいる職場が「安全」ではない場所に変わってしまう可能性があるのです。
たとえカミングアウトを受けた人に「理解」があったとしても、アウティングした先の人に100%「理解」があるかどうかは誰にもわかりません。
当事者にとってカミングアウトは非常に勇気がいるもので、それと同時に、相手を信頼していることの証でもあります。しかし、その情報がいつの間にか勝手に第三者に知られていたら、「あなただからこそ伝えたのに」と思っていた当事者は非常にショックを受けるでしょう。
アウティングが、職場環境を変えてしまう
職場の場合は、人事情報の閲覧や共有の際にアウティングが起きないようにも注意したいところです。職場で男性として認識されながら働く当事者で、しかし法律上の性別は女性であるため、人事部は知っているけれども、他の同僚は知らないという場合、その人事情報が勝手に上司や同僚、取引先に知られていたら、当事者は疑心暗鬼になり、安心できる職場とは感じられなくなってしまいます。
自分の性のあり方によって人事評価に影響が出てしまうのではないか、最悪の場合、左遷や解雇をされてしまうのではないか、会社の廊下で役職が上の人とすれ違うたびに「誰にまで知られているのか」とビクビクする等、常にストレスのかかる生活を送らなければならなくなります。
もちろんアウティングをめぐる問題の根本的な解決とは、性的指向や性自認の情報が暴露されたからといって、“たいしたもの”ではない―例えば、自己紹介で自分の星座や血液型、右利きか左利きかを伝えても、いじめやハラスメントにはつながらないように―そんな世の中になることであり、そうなれば、そもそもアウティングされたところで問題は起きません。それまでは、性的指向や性自認などの情報は慎重に扱う、という対応が大切です。