鬼滅に救いと熱狂を求める人々
そして、主人公の炭治郎は鬼を斬りますが、常に慈悲の心を向けます。優しく、努力家で自分のためではないことで動ける人間です。善逸はいつも怖がりますが、恐怖を自己防衛で眠らせ力を発揮します。伊之助は粗暴な様子が、炭治郎たち周囲と触れることで成長していくさまが明らかになっています。
この3人とヒロインとなる禰豆子の4人の関係は、見事に役割分化しており、憧れる反面で、ほほ笑ましく応援したい気持ちを湧かせます。
9人の柱も物語の大きな存在です。主人公をしのぐ人気を見せる柱もいるほどであり、物語の序盤で出てくる冨岡義勇や劇場版で描かれる煉獄杏寿郎は良い例です。お館様を筆頭に、鬼を殲滅することに懸ける中心人物ですが、その背景を見るとマイナスから上がってきた人たちであることが解り、生きざまに心が動かされるのです。
そして、時折描かれる炭治郎の両親である炭十郎・葵枝、先祖の炭吉・すやこ、杏寿郎の母親瑠火、胡蝶しのぶの姉カナエ、伊之助の母琴葉、育手の鱗滝左近次・桑島慈悟郎などが、「親心」である慈愛や真の正しさを感じさせる様子が描かれており、親・子それぞれの目線で感動を得て心を揺さぶります。
『鬼滅の刃』には、実社会から受けるダメージと人間の負の部分を鬼が象徴し、諦めず前向きに立ち上がるレジリエンス(再起力)、許す心、託す心、未来を捉える視点が描かれており、この両方が観る者・読む者の心をとらえ、それぞれの解釈で物語を堪能できるのです。
ある意味で懸命に「身勝手さ」を出す鬼と、「正しく生きよう」とする鬼殺隊の相反する姿が、どちらも人間らしさを感じさせ、観る者・読む者の心に触れます。
コロナ禍を含めストレス過多社会の世では、人々は「救い」を求め、「熱狂」する何かを求めます。その「救い」と「熱狂」が『鬼滅の刃』にはあるからこそ、人々の心つかんでやまないのだと考えられます。