無実だったらこう宣告「虚偽申告罪で告訴します」
2009年4月14日、一、二審で不当な実刑判決を受けていた大学教授が、最高裁で無罪判決を勝ち取った。痴漢事件の刑事訴訟で、最高裁が逆転無罪判決を出したのは初のケース。しかも「高裁への差し戻し」ではなく「自判」だった。
これまでわが国の痴漢事件裁判は、客観的証拠より捜査段階の自白や被害者の供述を過度に信用してきた。それが「疑わしきは罰せず」の原則に立ち返ったこの判決によって、潮目が大きく変わるだろう。
ほかの痴漢事件裁判への影響は早くも表れている。2009年6月、東京高裁は西武新宿線で起きた痴漢事件について、「被害者の証言に疑問」として一審の実刑判決を破棄。この二審の裁判官は、前述した最高裁判決の二審で被害者証言を鵜呑みにし、不当判決を下した当の本人である。
刑事裁判で無実が判明しても、手放しでは喜べない。痴漢冤罪の被害者は何日にもわたって留置場に勾留され、休職や退職を余儀なくされる。精神的なダメージも大きく、損害は計り知れない。
では、嘘の被害を訴えた女性の責任はどうなるのか。虚偽申告罪(刑法172条)で刑事告訴も可能だが、警察は冤罪で犯人を仕立て上げることに加担した側であり、よほど悪質でないかぎり動いてくれない。
民事訴訟による損害賠償請求(不法行為・民法709条)も期待はできない。冤罪被害者が相手女性を訴えて、一、二審で棄却された損害賠償請求が、2008年11月に最高裁で差し戻された。これも車内で携帯電話の使用を注意された相手女性が逆恨みして痴漢被害を訴えた悪質なケースだった。女性の勘違いや思い込みで冤罪被害にあった場合、損害賠償は難しいだろう。
こうした被害から身を守るには、事件発生時の対応が重要だ。促されるまま駅事務室まで行ってしまうと、警察は「言い逃れできないから駅事務室まで来た」と決めつける。決してその場から動かず、「告訴するなら、私があなたを虚偽申告罪で告訴します。慎重に考えてください」と再考を促したい。それでも相手女性に納得してもらえなければ、名刺を渡して身分を明らかにしたうえで、現場から立ち去るべきだ。
もし逮捕されそうになったら、客観的証拠の確保に努めたい。この最高裁判決によって、今後は被害者の供述のみで判断せず、客観的証拠が判決を左右するケースが増えるはず。目撃者や被害者の衣服、繊維鑑定など、客観的証拠の収集を積極的に警察に求めるべきだ。
逮捕されると、起訴まで勾留され、起訴後も高い保釈金が必要になる。冒頭に紹介した大学教授の場合、保釈金は計420万円だった。痴漢被害者と示談すれば、一般的にもっと安い金額で話がつく。それでも妥協せずに否認する人は、私の経験上ほぼ間違いなく冤罪だが、裁判所はそう考えてはくれない。現在も痴漢冤罪で苦しんでいる被害者は大勢いる。冤罪被害を根絶するには、この最高裁判決の趣旨を裁判所に定着させる努力が必要だろう。
※すべて雑誌掲載当時