【中川】そういうアメリカの状況を含めて考えると、日本の言論だけが突出して「どっちにつくんだ」という議論になるのは危ない。当然、日米安保があるからアメリカ側だという意見が多いのですが、アメリカ自身が中国と完全に断絶する気がさらさらないのに、日本では「断交だ」「中国と貿易するな、取引するな」という声があるのは非常に気がかりです。

「やられた分だけやり返す」。これが中国のメンツ外交の基本だ。写真左は、華春報道官。
写真=AFLO
「やられた分だけやり返す」。これが中国のメンツ外交の基本だ。写真左は、華春報道官。

中国からの報復措置も脅威ですが、国内からの「中国と関係を持っている企業に対してボイコットしよう」というような動き……例えばユニクロやトヨタに対して「中国市場から手を引け」というような言論はいかがなものかと。それって長期的にも短期的にも、単にわが国の企業を貶めているだけです。

【渡瀬】アメリカ人は馬鹿じゃないので、中国に巨大な市場があることは十分理解している。その利益を安全に取らせろというだけの話です。アメリカの人たちは非常にドライですから。日本みたいに「中国と断交だ」なんて本気で言っている人はまったくいない。

尖閣問題をめぐる議論

【中川】日本は非常に危ない傾向ですね。尖閣問題をめぐる議論がまさにそうで、2020年6月に茂木敏充外相が「中国は尖閣周辺で1つずつステップを踏んで現状を変更し、新たな既成事実を作る『サラミ・スライス戦略』に出ている」などと発言しました。これはかなり問題です。

尖閣だけを見てしまうと、確かに中国がじわじわと、サラミを薄くスライスするように尖閣を取りにきているように見えてしまうのですが、実際には中国は「戦いません、勝つまでは」戦略をとっている。今、尖閣という無人島を巡って事が起きると一番損をするのは中国自身です。だから本気で取りにきているわけではない。中国の狙いは、中国の動きに対して日米がどんな反応をするかという情報です。

もっと大きな版図で見れば、米中対立の中で日本はどう出るのかを知るために情報収集をしているにすぎないことがわかる。「サラミ・スライス戦略」とかいうとバズワードっぽく聞こえてしまうので使いたがる人も多いのですが、それによって概念が縛られることの弊害も踏まえておかないといけない。

中国は資源パーティショニング戦略と言って、アメリカが退いたところに出ていくという戦略をとっています。トランプがWHOから脱退すると言えば、中国の華春瑩報道官が「われわれはアフリカのために補助金を出す」と即座に返す。

尖閣はこれには今のところ当てはまらない。こうした中国側の論理を理解せずに「尖閣を取りにきている!」「日本が狙われている!」と言いすぎると事態を見誤ります。本当に中国が尖閣を取るという動きを見せれば、日本はもちろんアメリカも動く。そんな状態を中国はさらさら望んでいません。