※本稿は、岸田奈美『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)の一部を再編集したものです。
何度も同じ話をするのに、落語は笑える
風が吹けば、どうなるか。
桶屋がもうかる。
ご存じの通り、桶屋がもうかるのである。すごい。一見して意味がわからんのに、みんなわかってんのが、すごい。
ところで「風が吹けば桶屋がもうかる」とは、十返舎一九が書いた東海道中膝栗毛という作品で書かれた話だ。いいよね。十返舎一九。一度は口に出していいたい名前ナンバーワンだよね。東海道中膝栗毛はつくり話だけど。元になった実話もあるとか、ないとか。あえてつくり話にしたのは、読者を笑わせたかったからだとか。
わたしが大好きなラーメンズというお笑いコンビは、それをコントにした。映像で1000回以上は見たと思うが、いまでもゲラゲラ笑える。
笑い話といえば、落語もすごい。「まんじゅうこわい」とか、普通は意味わかんないじゃん。でも、わかるじゃん。こわいじゃん。
落語家さんって、何度も何度も、同じ話をするのに笑っちゃう。江戸時代からずっと、同じ話をしてるのに。一度話しはじめればみんなの頭に情景が浮かんで、笑っちゃう。冷静に考えたら、本気ですごいことだと思うの。
人を泣かせるよりも、笑わせる方がかっこいい
話は突拍子もなく変わるが、わたしは昔から、人を泣かせることよりも、笑わせることの方がかっこいいと思っている。泣いているわたしを笑わせてくれた人たちが、大いに影響している。ラーメンズ。藤子・F・不二雄。さくらももこ。向田邦子。又吉直樹。漫画『波よ聞いてくれ』の主人公・鼓田ミナレ。
そして、わたしの父、岸田浩二。この人たちがつくった話は、いま思い出しても笑えるし、だれかに話してみても、笑いの輪がさらに広がる。
ずっと、憧れてた。でもわたしにはずっと「笑わせる才能」がなかった。
その代わり、わたしには「忘れる才能」があった。