大部屋で壁管理することは企業幹部にとってはいい勉強になる。担当者にしてみれば、大部屋に足を運ばない幹部は危機に関心がない証拠だ。そういう幹部が後から「どうして、こんな解決法をとったんだ」と文句を言ってきても、担当者は「白板にちゃんと書いてあります」と返事ができる。

壁管理、白板、報告書を上げない。トヨタの危機管理の心臓部分とノウハウはここにある。

商人の三原則「かけふ」の極意

危機管理は平時からやっておけばいざという時でもあわてることはない。壁管理と白板を使うこともトヨタではつねにやっていたことだ。日々のルーティンになっていて、自在に使いこなしていたから、危機の際に用いることができたのである。

ここでは平時から危機管理の思想を持っている伊藤忠商事を例に取り上げる。

同社には「かけふ」という商いの三原則があるが、そこには日ごろから緊張感を持って働いている様子がうかがえる。

なお、かけふとは「稼ぐ・削る・防ぐ」の頭文字をつなげた言葉だ。

・かせぐ。
よく稼ぐ商人に必要なものは「勘」という説もあり。
商いは、相手を瞬時に見抜く目にかかっている。
いつも本能を研ぎすませ、一生懸命コツコツと、
小さな成功体験を積み重ねた先にある勘は、
科学でもうまく説明できない説得力がある。
・けずる。
削るは商いの基本。余計な支出。無駄な会議。
不要な接待。多すぎる残業。削る、削る、トントン削る。
それは、終わりのない掃除のようなもの。
徹底すれば、低重心で隙のない商いの姿勢を保てる。
削ることで生まれるものが、尊い。
・ふせぐ。
防ぐは、稼ぐ・削るより難しく、最重要。
サッカーの試合で1点の負けを取り返す苦労があるように、
損した分まで稼ぐことがいかに大変か。
1億を稼ぐより、まずは1億の損を防ぐ。
防ぐと稼ぐは表裏一体。防御こそ最大の攻撃なり。
稼ぐは商人の本能。削るは商人の基本。防ぐは商人の肝。

なぜいつも、弱点をいち早く見つけられるのか

経営理念、会社の方針といえば前向きで、イケイケどんどんの言葉が当たり前だ。それなのに、伊藤忠の商いの三原則は3つのうち、実にふたつ(「けずる」「ふせぐ」)までがネガティブな部分を見つめてカイゼンしていこうという意思を表すものだ。「けずる」と「ふせぐ」は危機管理にも通ずる言葉と言っていい。

同社が三菱商事、三井物産という巨人に追いつき、追い越すことができた「かけふ」を徹底していたからであり、「けずる」と「ふせぐ」を忘れなかったからだ。