根拠集が育む「改良の心」

その上司から、とても大事なことを教わった。上司は、トラブルがあるたびに「真因は、何か?」と尋ねた。真因とは根源的な原因だ。例えば、新潟県の柏崎原発で試運転中に太いパイプが曲がり始めたことがある。調べると、パイプの中を流れる水に、上のほうと下のほうで温度差が生じる「熱層化」のせいだった。でも、そこで終わりではない。その「熱層化」を生む真因は何なのか。

問題は、機器類の配列にあった。だが、建設が進んでいて、もはや配列は変更できない。では、水の流し方を工夫できないか。浜岡原発の担当になっていたときだが、解析データを手に、川崎市にある実験所で実験を繰り返す。真冬の屋外で何週間も続け、温度が低い水の流し込み方を工夫することで解決した。

100のトラブルから、100以上の改良案が生まれたころだった。それを、仕様書に反映させる。同時に、なぜ、そう改良したのか、理由を明記した根拠集も残す。トラブルの事例集があったが、事例だけでは「改良の心」がわからない。部長の口癖は「トラブルは、すべて新しいことの発見だ。トラブルのないところに成長なし」だった。「朝のミーティング」で、若い部下たちが怯えないよう、これも伝承した。

原発は、トラブルによってひとたび運転を止めると、1日で巨額のロスが出る。だから、電力会社は、早く運転を再開したい。直接の原因以上に、真因探しに時間をかけることには、まだるっこしさを感じるだろう。でも、嫌われても、「無理に急げば、必ず、しっぺ返しを食らう。機械は、次のトラブルを用意して待っている」と説得する。これまた、当時の部長に教わった。いつのまにか、何か気になることがあれば、すぐに部下に電話を入れる癖が付く。40代のころを中心に、佐々木チームは「24時間体制」が続いた。

昨年6月、東芝では原子力畑から初めての社長に就任する。リーマンショック以降の世界同時不況で、半導体部門の業績が悪化していた。薄型テレビなどデジタル家電も、韓国製などの低価格攻勢を受け、厳しい状況下にある。主要な部門では、ひとり原子力など社会インフラの構築部門だけが、健闘していた。

株主総会で「私の至上命題は、1日も早く業績を回復し、財政基盤の強化とバランスのとれた形で利益ある成長を目指し、再発進すること」と、決意を述べた。メディアのインタビューには、「東芝は、国際競争力を持つトップレベルの複合電機メーカーであるとともに、地球内企業として持続可能な社会の実現に貢献していくエコ・リーディングカンパニーがあるべき姿だ」と言い切る。

その胸の内には、2015年度までに世界で39基の原発建設を受注し、売上高を2倍の1兆円に飛躍させる計画があった。切り札は、2006年に買収した米ウエスチングハウスが擁する加圧水型原子炉(PWR)の技術。自ら先頭に立って培ってきた沸騰水型原子炉(BWR)の技術と両輪に、米国や中国、東南アジアなどでの受注増を目指す。

副社長時代に、全社のイノベーション推進の本部長を務めた。イノベーションのタネを探して、工場を巡る。どこでも、現場の人々に様々な問いを投げた。「これは、どうしてなの?」「あれは変じゃない?」。質疑を重ね、その応答集は、半導体工場でA4版16枚、多いところでは24枚にもなった。社長になって本部長は代わったが、工場巡回は続けている。もう、「朝のミーティング」はできないが、李斯の言葉にある「土壌」や「細流」の収集は終わらない。それが、高い山や大海につながる道だと信じるからだ。

(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)