言うほど「歴史的」でもない

トランプ大統領は「歴史的な外交上の進展」と、アメリカの仲介で実現した外交成果を強調した。完全に大統領選に向けたアピールだが、言うほど「歴史的」でもない。1948年のイスラエル建国以来、中東ではイスラエルvs先住のアラブ民族であるパレスチナ人+パレスチナを支持するアラブ諸国という対立の構図が続いてきた。しかし、アメリカの仲介によって79年にエジプトが、94年にヨルダンがイスラエルと平和条約を結んで国交を正常化している。つまり、UAEはイスラエルと国交を結んだ3番目のアラブ諸国なのだ。

今回の合意の一環で、ヨルダン川西岸の30%の土地をイスラエルに併合する計画が一時的に凍結されることになった。ネタニヤフ首相曰く「トランプ大統領から一時停止を求められた」そうだ。

唐突なイスラエルとの国交正常化で、UAEは内外の批判にさらされる。トランプ大統領としてはパレスチナ併合を停止すれば、UAEの面子が立つと考えたのだろう。しかしアラブ諸国にとって、「アラブの大義」とはパレスチナ問題(イスラエルに占領されたパレスチナの解放とパレスチナ難民の帰還)である。併合や入植を一時停止するのは要するに現状維持であって、占領地からの「撤退」でもなければ「返還」でもない。実際、ネタニヤフ首相は「まだテーブルの上にある」と併合計画を撤回しないことを公言している。

極右のネタニヤフ首相からすれば併合計画の一時停止も「妥協」なのだが、自身の汚職スキャンダルとコロナ対応の失敗で死に体寸前。UAEとの国交正常化を政権維持の起爆剤にしたいのだ。

UAEは「首長国連邦」の名の通り、7つの首長国からなる連邦国家だ。国土の8割を占める最大の首長国はアブダビで、UAEの首都もアブダビに置かれ、UAEの大統領は代々アブダビ首長が務めている。次いで第2の首長国がドバイ。もともと中東屈指の金融センターとして知られてきたが、世界一を誇る超高層ビル群に世界最大の人工島など大規模開発が進んで、昨今は世界中の金持ちが集まる観光&リゾート地と化した。イスラムの戒律が比較的厳格で宗教色が強いアブダビに対して、ドバイは開放的で世界の歓楽街という趣だ。

UAEはそのような二面性を持った穏健なイスラム国家で、イスラエルと関係改善する素地はあったといえる。脱石油依存を掲げるUAEとしても、ハイテク技術立国のイスラエルとの国交正常化は国益に資するという判断があったのだろう。