中国の基礎研究レベルが上がっている
流れが変わった背景としては、おもに三点あると私は考えています。第一に「中国の大学における基礎研究のレベル上昇がここ数年中国国外からみても顕著になってきたこと」、第二に「中国の多くの大学での新規教員採用が高いペースで長期継続していること」、第三に「日本における基礎研究者の研究環境のさらなる悪化」です。
所属を変える研究者にとって、気になるのは「そこにいって自分はちゃんと研究できるのか?」ということです。その上で、一番強い根拠となるのは「そこにいる人たちがレベルの高い研究をすでにしている」という事実でしょう。プロサッカー選手の移籍をみてもわかると思いますが、レベルの高いリーグ、レベルの高いチームを志向するのは典型的で、多くの人にとって給与の多寡同様、もしくはそれ以上に重要と思われます。
その意味でいうと、中国における研究レベルの上昇がここ数年中国国外からみても顕著になってきたことは各種統計からも明らかです(「科学論文の引用回数 米中が各分野の1位独占 日本はなし」NHK)。
著名誌に載る論文は「3年で3倍」に増えた
具体的な話をすると、私の専門である生命科学分野では、『Nature』『Science』『Cell』の3誌が俗に「CNS」と呼ばれ、重要な論文が掲載されることの多いトップジャーナル群です。
生命科学分野における、中国からのCNS掲載論文の数の推移をみてみると、2016年の1年間において中国から生命科学論文が約50報だったのに対し、そこから3年後の2019年の1年間で約140報と3倍近くになっています。もちろん、CNS掲載論文の数のみで研究レベルの変化を結論付けるのは尚早ですが、中国の生命科学分野における変化を感じることができると思います。
また、中国に来ている他分野の日本人研究者と話しても、基礎科学分野における中国の存在感は近年高まっているようです。
たとえば、昨年末に雲南大学へ助理教授(※日本における助教職に相当するが、日本と異なり上司役の教授を持たない独立研究者)として着任した天文学者の島袋隼士博士によると、近年天文学においてその重要性が増している電波望遠鏡(通常の光学望遠鏡では観測できない波長の電磁波を観測するための望遠鏡)について、中国では、500メートル球面電波望遠鏡(FAST)と呼ばれる現在世界最大の電波望遠鏡を国内に建設し、分野における存在感を強めています。
またSquare Kilometre Array(SKA)計画と呼ばれる欧州を中心とした電波望遠鏡の国際共同プロジェクトについて、日本はまだ参加を決定していないものの、中国はすでに計画への出資参加を決めているとのことです。
こういった天文分野における中国の積極的な投資も関連してか、中国で大学教員もしくはポスドク(博士号取得後のトレーニング期間研究者)として研究を行う日本人の天文学研究者の数は、ここ数年少しずつ増えているとのことです。