ハーバード大学のビジネススクールから帰ってきたとき、「スキルは学んだな」という手応えはありました。事実、その経験は後々役立ちました。

しかし、MBAで学べるものは結局、「竹光」です。実際の会社経営は「真剣」での勝負。経営者になってはじめて経営哲学の重要性を思い知りました。

<strong>新浪剛史</strong>●ローソン社長。1959年、神奈川県生まれ。81年慶應義塾大学経済学部卒業後、三菱商事に入社。砂糖部を経て、91年ハーバード大学経営大学院修了。MBA取得後、給食会社の立ち上げなどに参画。2002年より現職。
新浪剛史●ローソン社長。1959年、神奈川県生まれ。81年慶應義塾大学経済学部卒業後、三菱商事に入社。砂糖部を経て、91年ハーバード大学経営大学院修了。MBA取得後、給食会社の立ち上げなどに参画。2002年より現職。

たとえば、ある事業のリストラを考えたとき、収益のために断行するか、従業員のモチベーションのために見送るか――。経営の選択には必ずプラスとマイナスがあり、決まった答えはありません。選択は次々と迫ってきます。確固たる経営哲学なしには対処できません。

ビジネススクールは経営をサイエンスとして教えます。でも、経営はサイエンスじゃない。僕はアートだと考えています。『ハイ コンセプト』や『プロフェッショナル進化論』が説くように、現代の経営には感性が求められている。なぜ働くのか。会社はどこを目指すのか。感性に即した経営哲学をいかに語るかが経営者の役割だと思います。

留学を経て、経営書はほとんど読まなくなりました。その代わりに古典や歴史書を読むことが増えました。先達の教えが参考になるからです。

『源氏物語』は男女の愛憎を描いた物語ですが、「ジェラシー・マネジメント」の書として読むことができます。平安時代から人間は嫉妬に悩まされていたわけです。こうした研究は経営学の世界でも少ない。米国式経営では嫉妬をほとんど無視して考えますが、最小化する方法を考えることは重要なはずです。

『失敗の本質』は僕の座右の書のひとつ。第二次世界大戦で日本軍が敗退した原因を組織論から考察し、組織としての日本軍には合理性よりも義理人情を重んじるという欠陥があったと指摘しています。

港湾荷役の会社を経営していた父親の影響もあり、僕は昔から義理人情に弱いんです。入社前、商社マンの仕事にドライな印象を持っていて「冷徹な判断ができるか」と勝手に不安を抱いていたほどです。