山で命を落とした仲間は、55人。いずれも、気力、体力、精神力、技術を鍛え抜いたクライマーたちだった。
何が死生を分けるのか。そんな問いから本書は生まれた。
著者である小西浩文さんは、6座の8000メートル峰無酸素登頂に成功している登山家だ。
「私自身、五度、山で死にかけました。若いころは、運に頼った登山を繰り返しましたから」
いつ逝っても不思議ではないような体験と仲間の死。漠然とだが「運だけでは説明できない、生還する人間と事故に遭う人間の差」を感じるようになった。
高所登山は、リスクとコストが伴う。人生のうち、ピークに到達できるチャンスは、そう何度も来ない。それでも、小西さんは、「登頂よりも優先すべき目的がある」と語る。
「最も大切な目的は、五体満足で還ってくること。頂上に登るのは、第二の目的にすぎません」
登頂に心が囚われると、臨機応変な判断ができず、危険な状況に追い込まれていく。
「生還するという本来の目的に集中していないから、心に隙ができてしまうのです」
危険地帯を越えて気を抜いた瞬間、事故が起きる場合も多い。
目先の利益にこだわり大局を見失う。思い込みが視野を狭める……。日々の仕事でも同じことがいえるのではないか。
ビジネスマン向けの講演会でのことだった。極限状態で、何を考え、何を根拠に決断するのか。そんな質問が続いた。自身の体験を振り返り、答えを探すうち、「彼らが悩む仕事や人生の問題は、8000メートル峰で遭遇する困難に似ている」と実感した。山に明け暮れた小西さんにとって、意外な発見だった。
「登山に限らず、仕事や人生を左右するのは、磨き抜いた技術や鍛えた身体を支配する“心”だと確信しました。日本の自殺者数は年間3万人。心が弱っている現代社会で、私の経験が何かの役に立てば」
それぞれの現場に極限状態がある。『生き残る技術』は、限界を超えるときの道標になる。