レシピがあれば、できるわけではない

クリームチーズは季節や輸入時の状態によって水分量が変わるので、これもまた人の目で焼き加減をチェックする。

「シュトロイゼルにしても、他のケーキ職人ではまずこんなやり方ではやらないだろう、という方法でやっています。同じ材料を使っても、ちょっとした製法の違いで違うものになったりするんです」

それこそバターの温度ひとつとっても、ちょっと違えば食感の違いになるという。

「同じ配合でもまったく違うものになりますね。レシピがあれば、誰でもできると思われるんですが、そうではないんです。上のクッキーのところでも、分子レベルで見ると、小麦粉が油脂を包んでいるのか、油脂が小麦粉を包んでいるのか、これだけで違う。大きな機械で回しているとわからないわけですが、口に入れたときには油が先に来るか、ほろっとした食感が来るか、まったく違うわけです」

そこまでイメージして作れるか、ということだ。レシピがあったとき、そこまでイマジネーションを働かせることができるかどうかが、パティシエには問われるという。

画像提供=成城石井

「ミキサーで粉とバターを練るとき、ただ決められた時間ミキサーを回して練るのと、この粉とバターと砂糖がどんな状態でつながっているのか、考えながら混ぜている人とでは、できあがりはまったく違ってくるんですよ」

新丸ビル店のオープンでは「1日1000本」売れた

そして、そういうことがわかっていなければ、実はレシピは生み出せないのだ。

「プレミアムチーズケーキもレシピはシンプルですよ。でも、何もないところから、このレシピを作っていけるかというと、それは難しいと思います」

実は興味深いエピソードがある。後に大ヒットすることになるプレミアムチーズケーキだが、当初から絶賛されていたわけではなかったのだ。商品会議では、却下されるところだった。

「ボツになりそうだったんです。ところが、一緒に試食をした女性スタッフが、あれはおいしいから商品にしましょう、と言ってくれて。なんとか拾い上げてもらったんです」

発売後も、すぐにヒットしたわけではない。形状も、大きさも、見た目も、これまで見たことがなかったようなチーズケーキだったのだ。品揃えのひとつとしては支持されていたが、大ヒットとまではいかなかった。

大きなブレイクのきっかけは、2007年の東京・新丸ビル店のオープンだった。都心でもあり、感度の高い来店客が集まることを想定し、オープン記念に前面に押し出すと、なんと1日に1000本売れた。そこから口コミで徐々に徐々に広がっていったのだ。