親から相続するものは財産だけではない。作家の五木寛之氏は「こころの相続を忘れてはいけない。サンマの食べ方、おふくろの味、災害の記憶など、形のないものも後世に残すべき大切なものだ」という——。

※本稿は、五木寛之『こころの相続』(SB新書)の一部を再編集したものです。

まな板の上に焼き魚
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「親の背中を見て育つ」目に見えない相続のかたち

旅行先などで、同行した人の歯の磨き方や顔の洗い方など、習慣的にやっていることが、まったくちがっていて、びっくりすることがあります。

たとえば、朝起きたらすぐに歯を磨く人がいます。睡眠中にたまったプラークをとらずに食事などできない、というのです。その一方で、歯磨きは、食べかすをとるためにやるのだから食後に磨く、という人もいます。あれこれと理由をつけるのは、「後出しじゃんけん」のようなものです。習慣になっているのは、おそらく、親の背中を見て育っているからでしょう。

日常的な些細なことではなくても、「親の背中を見て育つ」と言われるように、親が一生懸命にやっている、その背中を見て、その一生懸命さを相続することは多々あるのではないか。

たとえば、ご飯を食べるときに、ご飯は左側、汁物は右側におき、必ずお腕を一口飲んでから、ご飯に箸をつけるという若いテレビ・ディレクターがいました。家族はみなそうやっていたから、それ以外の食べ方は考えられないという。これは、たしかに作法にかなっていることです。彼は、きちんとしたしつけを受けて大人になったのでしょう。