※本稿は、草刈正雄『人生に必要な知恵はすべてホンから学んだ』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
ヒロインの“おじいちゃん”役は初体験
ひとつの役でいろんな人間を生きられるのは、役者冥利に尽きることです。
しかも、念願のカウボーイハットをこの歳でかぶれるとは! 『ローハイド』、『シェーン』、子どもの頃に観た西部劇では、なくてはならないもうひとつの銃(ガン)、それがハットでしたから。
この二つを見事に叶えてくれたのが『なつぞら』(2019年)、19年ぶりの朝ドラ出演でした。『走らんか!』(1995年)、『私の青空』(2000年)に次いでの3本目です。
大森寿美男オリジナル脚本、NHK連続テレビ小説100作目『なつぞら』。戦災孤児の主人公・なつを育てる柴田家の祖父役。ヒロインの“おじいちゃん”役というのは初の体験でした。それにしても、この歳にしての初体験。人生、いやはや何が起きるかわかりません。
演じたのは、柴田泰樹という開拓民一世の男。18歳のときに単身で十勝に入植し、荒れ地での稲作を諦め酪農を始めたというパイオニアで、貧しさゆえの妻の病没という消せない過去も背負っています。男手ひとつで娘を育て上げた根気は、大樹を思わせる彼の名前に宿るものかもしれません。なんせ、無口で不器用な男。それでいてまた、いろいろな表情を持つ男なのです。
他人ンチの子どもも平気で叱るようなオヤジ
ずばり、喜怒哀楽が激しい。愛想はないが、噓もない。怒りっぽくて頑固だが、ずっこけるところもある。娘の富士子には頭が上がらない。そして、甘いものが好き。僕自身と重なるところも少なからずあり、送られてくる大森寿美男さんの台本にずんずん引き込まれていきました。
長年、大自然とがっぷり四つに組んできた男です。だから、負けても負けても、諦めない。「諦める」という選択肢が、ハナっからない。広大な土地を舞台にした、不屈の男。十勝の大気が足の先から頭の先まで漲る男。僕自身、開拓の世界は未知でしたが、泰樹のような親父はよく知っている男でした。昭和30年代、僕らの幼少期には必ず周りにいたものです、こんなふうに頑固で口下手で、いつもいつも怒っているようなオッサンが。他人ンチの子どもも平気で叱るようなオヤジです。