コロナ後に起きる働き方革命といううねり

コロナ禍は感染症によるもので、人類によって克服されるはずだ。またリーマンショックなどの経済危機ではないために、金融の機能はマヒしていない。戦争やテロではないので施設が破壊されているわけでもなく、政治的に世界中が対立しているわけでもない。したがって、感染症が収まった暁には、経済は元通り、否、V字回復を果たすであろうという説もある。

感染症対策は、今後人類が存続していくためには絶対に必要な条件である。誰しもがそう願い、必ずや克服されるだろう。

だが、覚悟しなければならないのは、マーケットはかなりの確率でコロナ前には戻らないということだ。やがて人々はコロナを忘れ、今まで通りの生活に戻るのかといえば、やや短絡的なのではないだろうか。世の中にはある確実な変化が訪れているからだ。

最大の変化が、人々の生活に対する価値観の変化だ。コロナ禍が限定的な国や地域の感染症であれば、おそらく多くの人々は価値観を変化させることなく、今まで通りの生活に戻るであろう。しかし、今回のコロナ禍は全世界の人々が特定の期間に同じような災厄に遭い、苦難を共にしたところに大きな意味がある。

たとえばテレワークはこれまでも、IT系企業の一部や介護や子育てをしながら働く場合の補完的な手段として採用されてきたが、これを世界中で“お試し”したのが今回だ。こんな社会実験は通常どの国でも地域でもできない。その結果として多くの人がこれまでの働き方についておおいに疑問を持ち、都市部のオフィスに通勤するという経済不合理性を唱え始めるようになった。これは政府が提唱してきた働き方改革などという生易しいものではなく、働き方革命とも呼べる新たなうねりとなって社会を覆い始めている。

今まではとにかく、会社に通勤するために利便性の高いエリアに住もう。勤務地まで40分以内、駅まで徒歩5分などという勝手な基準が設けられ、人々は20年以上の超長期のローンを組んで、一生で稼ぐほとんどの給料債権を金融機関に捧げることで住宅を購入してきた。

ところが、これからは都市への「集中」はいたずらに「密」をつくることになる。そしてコロナ禍が去っても、密になって働くことの不合理性に気付いた人々は、中心部から「分散」して住むようになるだろう。都心への集中化の現象が逆回転を始めるのだ。そうなると果たしてこのまま住宅を持っていることは正解なのだろうか。あるいは投資用で持っている賃貸ワンルームやアパートはどうすればよいのか悩みどころとなる。