高校の教科書はテキストとして難しすぎる

【池上】あらためて、「テキスト」に中学の教科書を選んだ理由を聞かせてください。

【佐藤】ひとことで言えば、日本の義務教育の最高段階が中学校だからです。高校に行くと教わることがグンと高度になるので、テキストとして難しすぎる、というのも理由です。

【池上】裏を返すと、現代を生きる日本人にとって必要な教養は、中学の教科書をマスターすれば十分である、と。

【佐藤】おっしゃる通りです。

【池上】ただ、そのように言うと、次のような反論が出るかもしれません。第一に、「グローバル時代の教養は、中学レベルでは足りないのではないか」。同時に、「無味乾燥な中学の教科書を読み直すなど、まっぴら御免だ」という反応もありそうです。

【佐藤】その点を、池上さんはどう思いますか?

【池上】私も以前から中学校の教科書は仕事の都合もあって、よく目を通していましたから、先ほどのような認識はまったく的外れです。改めて2019年度に教育現場で使われていた教科書(2014年度検定済)を通読してわかることは、中3までの内容を概ねマスターしたら、大変な「もの知り」になれるということです。私自身、「へぇ、そうなんだ」と、気づかされたことが、いくつもありました。

フルカラーで、視覚障害を持っていても読める

【佐藤】私にも、新たな発見がありました。そして、「無味乾燥」でもないと思います。

【池上】ある意味、一番驚いたのはそこです。これは、読者がいつの時代に中学生だったか、どんな教科書で教わったのか、によって違うと思うのですが、私の感想は、まさに「隔世の感あり」でした。

ちなみに、私は1950年の生まれで、中学生だったのは1960年代前半です。都立高に在学中の67年には、都立高校の入試制度が、個別の学校ではなく「学校群」を受験するというふうに改められました。その結果、東京では都立校人気が凋落し、御三家(開成、麻布、武蔵)をはじめとする私立校が台頭、という勢力図の転換が起こってくるのですが、その起点になった時代です。

【佐藤】私は、1960年生まれで、中学時代は70年代前半。大学を受験した79年には、今の「大学入試センター試験」の前身である「共通一次試験」が始まっています。池上さんのちょうど10歳年下になるわけですが、今の中学の教科書に対する感想は、まったく同じです。

【池上】一見して、ビジュアル的にぜんぜん違う。我々の頃よりも大判になり、信じ難いことにフルカラーです(笑)。昔は紙質ももっとペラペラで、モノクロでした。

カラー印刷も、単に視覚的に見やすくしているだけではありません。いわゆるユニバーサルデザインに即して、この色の組み合わせで視覚障害を持っていてもちゃんと読めるのか、というところまで、きちんとチェックしているんですね。