※本稿は、池上彰・佐藤優『人生に必要な教養は中学校教科書ですべて身につく 12社54冊、読み比べ 』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
銀行のお金は「金庫にある」と思っている大学生
【佐藤】池上さんと中学の教科書を読む、というこの本を着想したのは、仕事などで付き合う人たちの「基礎学力」、言い方を変えると「教養」の不足が見過ごせるレベルを超えているのではないか、と日々痛感させられるようになったのがきっかけなのです。相応の教育を受けてきたと思しき人たちが、例えばイランがアラブ人の国だと思っている人が少なからずいるし、日本とロシアの戦争状態が終わっているという事実を知らなかったりする。
【池上】私には、授業を持っていたある大学で、日本銀行の金融緩和の手法について説明していたら、学生が銀行に預けた預金は、銀行が大事に金庫にしまっていると思い込んでいることを知った経験があります。金融緩和どころか、銀行がどんな仕事をしているのかという基礎から解説することになりました。あるいはテレビ番組で、今を時めくアイドルグループの若い女性と話していたら、「比率」という概念が、まったく理解できていないこともありました。
【佐藤】若い人に「1と65%とどちらが大きいか?」と聞くと、後者だと答えることが珍しくありません。この場合は、小学校で躓いているわけですが、こうした状況を「ゆとり教育」の弊害で片づけるのは、あまりに皮相的に過ぎます。
【池上】はい。そもそも「ゆとり教育」が学力低下を招いたという認識自体が皮相的なものですが、佐藤さんが指摘するような「教養不足」は深刻です。
「毎月勤労統計調査」問題は知性劣化の証
【佐藤】今の日本には、「北方領土は武力で奪い返せ」と公言してはばからない東大出の国会議員がいたり、統計の意味や重要性が理解できない中央官僚組織があったりもします。
【池上】厚生労働省の「毎月勤労統計調査」問題ですね。
【佐藤】そういう事象を、ごく一部の人間たちによる特異な振る舞いと「過小評価」するのは危険です。本来、国の中で最も知性、教養レベルが高いはずのところで、目に見える劣化が進行している。これは、まさに氷山の一角とみるべきで、海面下がどうなっているのかを想像するに、このままの状態で世界を漂流していくことの恐ろしさが、身に迫ってくるわけです。
【池上】みなさん、胸に手を当てて考えれば、若者の「教養のなさ」を笑えないあやふやさに思い当たるのではないでしょうか。
【佐藤】ただし、「だから、日本の教育はこうあるべきだ」と語るのが、本書の目的ではありません。社会の中堅と目される30代、40代、あるいはそれ以上の世代であっても、遅くはない。もし、必要とされる教養が不足しているという自覚があるならば、今からそれを身につけましょう。その術はあるのです――というのが、今回伝えたいことなのです。
【池上】今おっしゃった「必要とされる教養」には、当然「このグローバル時代を生き抜くために」とか、あるいは「来るべき“AI時代”を見据えて」といった「枕詞」が付けられるわけですね。
【佐藤】はい。そういうことです。