戦争、テロ、サイバー攻撃に並ぶ「パンデミック」の重要性
【手嶋】私もまったく同じ意見です。現に英米の情報コミュニティーでも、今回のコロナ禍を受けて、重大なパラダイム・シフトが起きています。具体的にいえば、アメリカの情報コミュニティーでは、9.11同時多発テロ事件をきっかけに、国家安全保障の中心テーマに「テロリズム」が据えられました。「テロの世紀」の幕があがったのですから、当然の成り行きでした。
同様に、今回のコロナ禍を契機に「パンデミック」がこれまた国家安全保障上の最重要課題に格上げされました。イギリスの情報コミュニティーでは「パンデミック」が、戦争、テロ、サイバー攻撃と並んで最重要の「レベル1」に位置付けられたとBBCは報じています。
【佐藤】国家の存立と自由な社会体制を脅かす敵に立ち向かう。それが情報機関の責務なのですから当然だと思いますね。いま、世界のインテリジェンス・コミュニティーで一種の「ギア・チェンジ」が起きている。世界第三の経済大国、日本でも、こうしたレージーム・チェンジに迅速に対応していくべきです。その中心的な役割を担うべきは公安調査庁です。内閣情報調査室は人員の面からも情報の取りまとめと分析を担うことに特化しなくてはなりません。外務省の国際情報統括官組織は、残念なことですが、中国が秘匿したがる分野に切り込むだけの調査能力を持っていません。警察の警備・公安や防衛省の情報部門は、そもそも、こうした分野は担当外です。
1月時点で「パンデミックの危険」を指摘した情報機関
【手嶋】こうした状況下では、英米の情報機関も同様ですが、武漢に要員を派遣して調査することなどかないませんから、武漢病毒研究所の内情に通じた内外の研究者などから地道に情報を収集し、科学者の知見を総動員しながら、真相に迫っていくほかありません。
軍事機密なら、各国の軍部は、厳密な機密保持のシステムを確立して、容易にアクセスできません。ところが、感染症の世界は、今回の新型コロナウイルスが、かつてのSARSウイルスと遺伝子の構造がどこが違うのか、既存の治療薬は有効か、抗体はいかなるものか、といった分野で、コロナ発生直後から、中国の研究者と欧米や日本の研究者の間でかなり活発な情報の交換が行われてきました。
【佐藤】日本国内でもかなりの情報を入手し、分析することが可能となっています。公安調査庁はこの情報の結節点になるべきですね。
【手嶋】じつは、アメリカのインテリジェンス・コミュニティーには、メリーランド州フォート・デトリックにある国立医療情報センター(NCMI)という組織があります。感染症の専門家、ウイルスの専門家などを集めてコロナウイルスに関する情報を徹底して収集し、分析を始めています。じつはこの組織は、今年1月のかなり早い段階から武漢で発生した感染症がパンデミックになる恐れがあることをトランプ大統領に警告していたと「フォーリン・ポリシー」誌が伝えています。ただ、トランプ大統領は、例によって専門家の進言に耳を貸そうとしませんでした。日本でも感染症に特化した情報組織がいま求められています。同時に、情報の専門家も必要ですから、アメリカの国立医療情報センターのような組織を公安調査庁のブランチとして考えてはどうでしょうか。
【佐藤】興味深い提案です。