アメリカのマイク・ポンペオ国務長官は、前CIA長官だ。情報を収集する側であるCIAのトップが、自ら外交のプレーヤーになるのは異例のことだ。だが、同様の事態は日本とロシアでも起きているという。外交ジャーナリストの手嶋龍一氏と作家の佐藤優氏の対談をお届けする――。

※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『公安調査庁 情報コミュニティーの新たな地殻変動』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

北村滋国家安全保障局長=2020年1月16日
写真=EPA/時事通信フォト
北村滋国家安全保障局長=2020年1月16日

前CIA長官が国務長官になったことの意味

【佐藤】公安調査庁とはいかなるインテリジェンス機関か――。その検証に当たって、公安調査庁には強制捜査権も逮捕権もないと幾度か指摘してきました。でも、考えてみれば「MI6」も、「CIA」も、「モサド」も逮捕権は与えられていないんですよ。

【手嶋】インテリジェンス機関とは、極秘情報を握っており、それ自体が極めて有力な、恐ろしい存在です。かつての佐藤ラスプーチンの存在が身をもって示した通りです(笑)。もし情報機関に逮捕権を持たせてしまえば、収集能力が劣化する恐れがある、だから本来、逮捕権など与えるべきじゃないとも指摘してきました。

【佐藤】それはまったく真理なのですが、しかし、こうした従来の原則に変化の波が押し寄せています。2018年3月に、アメリカで前CIA長官のマイク・ポンペオが国務長官に抜擢されたのが象徴的です。

【手嶋】冷戦の時代、アメリカには有名なダレス兄弟がいました。兄のジョン・フォスター・ダレスは国務長官、実弟のアレン・ウェルシュ・ダレスはCIA長官。言うまでもなく、ふたりは別人格です。情報を収集して政治指導者にあげる側にいたCIAのトップが、自ら外交のプレーヤーになってしまう。それは異例の出来事です。

【佐藤】そうですね。「新しい国務長官は、その昔、CIAに在籍した人だった」というのではない。CIA長官からいきなり外交の責任者に変身したわけですから。

日本でもインテリジェンスのプレーヤーが官邸に

【手嶋】さらにいえば、ポンペオはCIA長官時代から、情報収集・分析というインテリジェンス機関ののりを超えて、トランプ外交の交渉役として北の独裁者と関わっていました。トランプ大統領は、ポンペオ氏の手腕に感心したのか、国務長官の座に就けたのでした。

【佐藤】同じような潮流は、最近のロシアでも見受けられます。ロシア連邦安全保障会議書記のニコライ・パトルシェフという人物は、もともとロシア国内の防諜や犯罪対策を担うロシア連邦保安庁(FSB)の責任者でした。対外的なインテリジェンス活動を行うロシア連邦対外情報庁(SVR)のセルゲイ・ナルイシキン長官も、実際には外交交渉に深く関わっています。「インテリジェンス機関」と「政策執行機関」の距離がぐんと近づいてきているわけですね。

【手嶋】じつは日本もその潮流の例外ではありません。2019年9月の内閣改造で、北村滋内閣情報官が、国家安全保障局長に抜擢されました。北村氏は警察庁警備局外事情報部長も務めたインテリジェンス世界のプレーヤーです。ですから、アメリカ、ロシア、日本で、揃って、インテリジェンスのプレーヤーが、外交・安全保障分野に進出してきているわけです。日本の安倍官邸にあっても、北村氏は、出身母体の内閣情報調査室を傘下に収めたまま、いまも官邸の「インテリジェンス・マスター」として重責を担っているわけです。分かりやすく言えば、純粋な「情報の生産者」から、「情報の消費者」にすらりと身をかわした。しかも、古巣にも絶大な影響力を残している。米ロのケースとそっくりです。