2021年に延期された東京オリンピック・パラリンピックでは、新型コロナウイルスの感染対策に注目が集まる。だが、気をつけるべきはコロナだけではない。オリンピックはテロの標的にされやすいからだ。外交ジャーナリストの手嶋龍一氏と作家の佐藤優氏の対談をお届けする――。

※本稿は、手嶋龍一・佐藤優『公安調査庁 情報コミュニティーの新たな地殻変動』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

オリンピックリングの記念碑=2020年3月24日
写真=EPA/時事通信フォト
オリンピックリングの記念碑=2020年3月24日

オリンピックの「延期」は今回が初めてだ

【手嶋】新型コロナウイルスが猛威を振るい、東京オリンピック・パラリンピックは一年間延期されることになりました。東京五輪は第二次世界大戦が欧州で始まった翌1940年に予定されていましたが、これも中止になったことがあります。

【佐藤】近代オリンピックが中止になったことは、夏冬合わせて過去に5回あるのですが、全部戦争絡みです。ちなみに、延期は今回が初めてです。

【手嶋】世界の耳目を集めるオリンピックは、それゆえに、じつにさまざまな事件、とりわけ凶悪なテロ事件の舞台となっています。次の東京大会も、国際テロのターゲットにならない保証はありません。

【佐藤】オリンピックがテロなどの標的にされやすいのは、いま指摘があったように、世界中の注目を惹きつけ、より強烈なインパクトを国際社会に与えることができるからです。イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリが、「テロの効果」について『21Lessons』で、次のように喝破しています。

毎年テロリストが殺害する人は、EUで約五〇人、アメリカで約一〇人、中国で約七人、全世界(略)で最大二万五〇〇〇人を数える。それに対して、毎年交通事故で亡くなる人は、ヨーロッパで約八万人、アメリカで約四万人、中国で二七万人、全世界で一二五万人にのぼる。糖尿病と高血糖値のせいで毎年最大三五〇万人が亡くなり、大気汚染でおよそ七〇〇万人死亡する。それならばなぜ私たちは、砂糖よりもテロを恐れ、政府は慢性的な大気汚染ではなく散発的なテロ攻撃のせいで選挙に負けるのか?(柴田裕之訳、河出書房新社、2019年11月)

つまり、ある種の「プリズム」によって、恐怖を実際の被害の何十倍、何百倍に拡大できるのが、テロという戦術なんですね。そして、その裏には、砂糖と違って必ず何らかの政治目的があるわけです。

一番怖いのは「バイオテロリズム」

【手嶋】オリンピックという華やかな舞台でテロを演じれば、そのプリズム効果を何倍にも拡大することができる。

【佐藤】そう思います。2020年の東京オリンピック・パラリンピックは延期されましたが、コロナ禍によって国際社会が混乱するなかで、大がかりなテロを企図すれば、さらにインパクトは大きくなる。その意味で、テロの可能性は高まったと心得るべきでしょう。現代のテロルの最も恐ろしい形態は、バイオテロリズムです。

【手嶋】未知の細菌・ウイルスは、尊い人の命を奪うだけでなく、人間社会の経済システムをハンマーで粉々に打ち砕いてしまう。われわれは、今回のコロナ禍の前から、そう警告してきたのですが、いまやこれに異を唱えるひとはいないでしょう。