「鼻がつまる・鼻汁が出る」「せきやたんが出る」「体がだるい」……
「有訴者数」には病院に行くほどでない心身の不調が含まれ、「患者数」には直接の死因とはならない病気・ケガが多く含まれている。このため、「死因」をはじめとした3つの公式統計で把握されている病気のそれぞれのトップ3は、ひとつとして重複していない。すなわち、捉え方によって「日本人が悩まされている病気」は全く異なっているのである。
死因や患者数については後段でさらに詳しくふれるので、有訴者数については、ここで4位以下に言及しておくと、第4位~10位は、それぞれ、「鼻がつまる・鼻汁が出る」「せきやたんが出る」「体がだるい」「目のかすみ」「かゆみ」「頭痛」「物を見づらい」である。
前述の①死因、②患者数、③有訴数のほかに、直接調査された統計データではないが、社会的な損失度から病気の深刻さを測ろうという試みもなされている。こうした指標としては、「死亡」と「障害」という2種類のマイナスを総合した「寿命・健康ロス(DALY値)」が世界保健機関(WHO)によって計算されている。これを④として図表1に紹介した。
2002年推計によれば、「寿命・健康ロス(DALY値)」の日本人の病気トップ3は、「がん」「脳血管疾患」「うつ病・躁うつ病」だった。
就業の妨げや病苦といった罹患に伴う悪影響の程度を寿命短縮のマイナスに加えるとこれらが日本人にとって最も深刻な病気だと言えるのである。
なお、この指標の第4位は「認知症」である。上位2位までは死因の3位までとダブっているが、日常生活を送る上でマイナスが大きい精神的な障害が上位に登場する点が目立った特徴である。この指標についても、当記事の最後にさらに詳しいデータを紹介しておこう。
死因最多、戦前は細菌やウイルスによる感染症
以上4つの指標のうち、戦前からの長い時系列変化を知ることができるのは、死因データだけである。図表2には、主な死因別の死亡率の推移を戦前から示した。
戦前の死亡原因としてもっとも深刻だったのは、肺炎、インフルエンザ(流行性感冒と呼ばれた)や胃腸炎、結核といった細菌やウイルスによる感染症であった。肺炎とここではあらわしていない気管支炎を合計すると1899年から1922年まで継続して第1位の死因であった。
特に1918年から20年まではインフルエンザの世界的な流行(いわゆるスペイン風邪)があり、日本でも高い死亡率を示した。「インフルエンザ」そのものとそれと関連する「肺炎」のこの時期の死亡率の急騰がこれを示している。なお、第2波のほうがパワーアップしたスペイン風邪の経験が新型コロナについても当てはまるのではないかとの懸念もある。
1930年代から戦後しばらくまでは「結核」が死因第1位となった。結核はかつて国民病とまで言われ、1936年から結核予防国民運動が展開、1937年に保健所法が制定され、10カ年計画で全国に550保健所が建設されることが決められた。
もともと感染症対策でつくられた保健所が新型コロナ対策でも大きな役割を果たし、海外と比較して感染被害規模が小さい理由の一つとなっていると思われているのも当然だとも言えよう。
戦後、BCG接種による予防、全国民一律の胸部X線検査による患者発見、さらに抗生物質を用いた化学療法による治療などにより結核事情は一変した。BCG接種が日本の新型コロナ被害が欧米として軽くなっている一因だという説がある。
もし、そうだとすれば、これも保健所と並んで結核対策の予期せぬプラス効果だといえよう。なお、医療機器のうち画像診断の分野だけは日本の競争力が高いのも結核対策に力を入れていた副産物である。
このようにわが国においては、「結核」という感染症の蔓延という負の遺産を何とか克服してきた取り組みが、逆に、正の遺産(レガシー)として、今回の新型コロナという感染症に対してプラスに作用した可能性が高いのである。