アクセルとブレーキをコントロールするのは国か地方か?

この大混乱の原因は、国家の動かし方がぐちゃぐちゃになっていることだ。国家の動かし方とは、政府と地方自治体の役割分担、権限と責任の所在のこと。ここが曖昧不明なままでは誰がやっても政策を円滑に実施することができないというのが僕の持論だ。

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3月、4月、5月、6月は、基本的には政府がコントローラー役・ドライバー役を担った。その間、東京都の小池百合子知事や大阪府の吉村洋文知事の活躍もメディアで取り上げられたが、社会経済活動についてのアクセル・ブレーキのコントロールは政府が主導した。

それは、コロナ感染症に適用される新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)が、そのような法律になっていることに原因がある。

特措法では日本全体に感染が急速に蔓延するような状況において、「政府」が緊急事態宣言を発令することになっている。緊急事態宣言が発令されると、知事たちは、事業主に対して休業要請をかけたり、住民に対して外出自粛要請をかけたりすることができるようになる。

つまり、緊急事態宣言を出すか出さないかは、「政府」が「日本全体」を見る視点から判断し、そこから現実的な社会経済活動の抑制が始まる法体系となっているのだ。

だから政府が緊急事態宣言を発令するのには、どうしても時間がかかる。過日4月7日に緊急事態宣言が発令されたが、既に感染拡大の傾向にあった東京や大阪の知事は、医療体制の逼迫性を感じて3月下旬から緊急事態宣言の発令を政府に強く求めていた。しかし、政府は発令に慎重になっていた。

これは政府と知事の間で視点の違いがあるからだ。政府は日本全体の視点から緊急事態宣言発令の是非を判断するが、知事たちは東京や大阪という地域の視点から休業・自粛要請の必要性を判断する。

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