本書の骨子は、ネット時代には新しい経営学や組織論が有効であり、そのためには生物学の知識が役に立つというものだ。

しかも、この場合の生物学とは、個体の研究ではなく、群れとしての生態を観察することだというのだ。

例をあげてみよう。5つの選択肢をもつ超カルト・クイズを考えてみる。回答者は5つのうち、どれか1つだけは不正解であることを知っていることにする。

個人が正解する確率は25%だ。しかし、集団の正解率は100%近くなるはずだ。正解だけは20%以上の得票を得るからだ。

つまり、集団の中から正解を出せる人を選ぶのではなく、集団として意思を決定させれば、正解率は跳ね上がることになる。

ネット時代にはそのような意思決定が、会社のような組織においても、社会レベルでも瞬時にできるようになった。

本書は前半で、サウスウエスト航空の予約システム戦略、赤アリの組織的行動、産業用ガス会社の生産・配送システム、ミツバチの意思決定メカニズム、「クイズ・ミリオネア」の観客参加時の正解率、ボーイングの巨大テスト・チームの教育、タウンミーティングでの政治決断の正当性などを列挙する。

後半ではシロアリや鳥、魚、トナカイ、バッタなどの行動を引き合いに出しながら、さまざまな人間の社会や組織とつなげて考えていくのだ。

その結果得られるキーワードは自己組織化、情報の多様性、間接的協業、適応的模倣などであり、経営学の知識があればすぐにでも応用可能な知識が満載である。

著者は「ナショナルジオグラフィック」のシニアエディターである。科学や自然が専門だ。それゆえに科学については信頼しうる新鮮な情報が満載だ。

たとえばハチが新しい巣を決定するときの行動を理解するために、ある研究者は4000匹のハチに個体識別のマーキングを施してから、ビデオを回して観察した。

『群れのルール』ピーター・ミラー著 土方奈美訳 東洋経済新報社 本体価格1900円+税

他の研究者はシロアリの巣の構造を理解するために、半年かけて巨大な巣に石膏を流し込んで固めたのち、上からスライスして三次元イメージデータを作り上げたことなどが紹介される。

本書で取り上げられる企業のケーススタディについても同様で、会社を取材したというよりも、組織を科学的に観察したという記述になっている。

巷にあふれる、簡単なアンケートと経営者インタビューを拠りどころに、著者の憶測で構成されるような怪しげな経営学とは雲泥の差なのだ。

それゆえに本書は理系のための経営学書でもあり、文系のための科学読み物でもある。

それにしても、CIAがウィキペディアを部内に作って運用しているという記述には驚いた。インテリペディアと呼んでいるらしい。スパイ組織も間接的協業の時代に入ったのだ。