それに対して、パワー半導体はシリコンに中性子を当てて組成を変え、そのうえで何層にも積み重ねた基板の上から下まで深く彫り込まなければならない。どのような温度で、どれくらいの時間をかけて処理するかなど、長年培われたノウハウの蓄積がものを言う世界なのだ。だからこそ、「同じ装置で、同じ材料で、同じ形につくり上げても似て非なるものができる」と、パワーデバイス製作所(福岡市)の西村隆司所長は三菱独自のつくり込みに自信を見せる。
だが、どんな先端技術も必ず新たなイノベーションによって追い上げられる宿命を負う。日本に一日の長があるパワー半導体もそうしたリスクから逃れることはできず、常にライバルの一歩先を行くしかないが、そのブレークスルーになるのが炭化ケイ素(シリコンカーバイド=SiC)という素材を使った次世代パワー半導体である。
シリコンに代わり、SiCを基板にした次世代型は、従来のシリコン半導体より電気特性に優れ、電力ロスを大幅に減らすことができる。理論上、インバーターの消費電力を従来型の10分の1程度に抑えることが可能になるという。
ちなみに、インバーターエアコン用のパワー半導体が10年度に生み出した省エネ効果は約500億キロワット時にのぼる。これは、東京都全世帯の消費電力に換算すると約2年分に相当するといわれ、省エネは“塵も積もれば山となる”効果がいかに大きいかを如実に示すものだ。
パワー半導体に詳しい山西は、分散電源論との関係からこの製品の成長戦略を次のように話した。
「火力、水力、原子力といった集中型の電源に対して、太陽光や風力発電などの分散型の電源をどう組み込んでいくかが今問われています。神奈川県・大船にスマートハウスをつくってそのための実証実験を進めていますが、パワー半導体全社横断的な成長戦略の中核に位置付けられる製品です。世界のメーカーがSiC型で追いかけてきたときに足元をすくわれないよう、今こそイノベーションを加速させていく必要があると考えています」
山西によれば「SiC型は京都大学が中心になって開発した日本のオリジナル技術」だそうで、そうであればこそ、日本の強みをさらに磨いていかなければならない。