私は、この問題は、コロナ自粛中に取材対象と賭け麻雀をしていたというだけで済む問題ではないと考える。ジャーナリストとして、絶対やってはいけない一線を越えてしまったのである。

毎度、ノンフィクション作家の本田靖春を持ち出して申し訳ないが、彼が読売新聞の社会部記者時代の取材者の心構えについて触れておきたい。彼は、政治部の記者を蛇蝎だかつのごとく嫌っていた。それは、こういう考えからである。

「赤坂の料亭で有力政治家にタダ酒を振る舞われ、政局に際しては、その政治家の意に沿った原稿を書く。取材先でコーヒーの一杯もちょうだいしないようおのれを律している私たちからすると、彼らは新聞記者ではない。権力の走狗である」

わざと負け、ハイヤーまで呼び、提灯記事を書く

週刊文春によると、産経の司法担当記者は、かつて黒川の提灯記事を書いていたそうである。赤坂の料亭ではなく、産経の記者の自宅マンションになったが、月に何度か賭け麻雀をやり、わざと負けて幾ばくかのカネを黒川に貢ぎ、ハイヤーまで呼んでご帰還いただく。その上、黒川の提灯原稿を書くのでは、本田のいう「権力の走狗」と同じではないか。

正力松太郎読売新聞社主の新聞私物化を批判して本田靖春が読売を去ってから、社会部を抑え、力を持ち始めたのが政治部の渡邉恒雄であった。渡邉は、大物政治家たちの懐に入り込み、側近のように振舞うことで有名だった。彼は、NHKのインタビューで、相手の懐へ入り込まなければ、いいネタは取れないとしゃべっていた。

だが、取材相手との距離感を忘れ、大物政治家を動かし、自分の考える社会を実現するという傲慢な取材手法には、私だけでなく、多くの批判があるのは当然だろう。今回の3人の記者たちの行動は、取材者と取材対象者との距離の取り方という観点からも議論され、厳しく批判されて然るべきである。

この連中はこれまで、黒川と親しいことを社内で吹聴し、いっぱしの司法記者の顔をしていたのであろう。だが、中には、そうした権力ベッタリの取材方法を苦々しく思っていた記者がいたことは想像に難くない。その一人が、週刊文春に情報をリークしたのであろう。

ジャーナリストの自殺行為で懲戒免職に相当する

私はJ-CAST(5月22日)の「元木昌彦の深読み週刊誌」という連載でこう書いた。

「朝日新聞は5月22日付朝刊の社説で、この問題に触れ、自社の社員が参加していたことを詫び、『社員の行いも黒川氏同様、社会の理解を得られるものでは到底なく、小欄としても同じ社内で仕事をする一員として、こうべを垂れ、戒めとしたい』としている。朝日に産経新聞広報部のコメントが載っている。『相手や金銭の多寡にかかわらず賭けマージャンは許されることではないと考えます』としているが、この中の『今後も取材源秘匿の原則は守りつつ』という文言が気に入らない」