昔と今では仕事の「問い」が変わった

【柳川】何が変化のきっかけになったとお考えですか。

【木村】背景にあるのは、仕事で与えられる「問い」が変わったことです。昭和の時代までの問いは、決められた目標に向かって“どうやって”それを実現するのか、というもの。つまり理詰めで考えれば答えが決まるものでした。「この製品の品質を上げるにはどうすればいいか」とか「原価を下げるためにはどうすればいいか」といったものですね。だから意思決定というよりむしろ“解く”という見方の方が正しかった、それらの問題に対して、与えられた権限の中で目の前にある答えを着実に実行していくのが管理職の役割だった。

ところが今、ビジネスの世界で突きつけられるのは、そもそも何をすべきか、という“問いを立てる”ことです。新しいアイデアを生み出すとか、そもそもどちらの方向へ進むべきなのかを判断する、つまり“意思決定する”ことが求められます。たとえるなら、昭和の問いは塗り絵に正しく色を塗るようなもので、今の問いは白地に絵を描くようなもの。経済が右肩上がりで連続性の高い時代には、どこにどんな色を塗るべきか決まっている絵がすでにあって、管理職はその枠からはみ出さないように正確に作業するだけでよかった。

ところが現在のように非連続な時代背景においては、どんな絵を描くかを自分でいちから考えなくてはいけない。その違いは非常に大きいと思います。

管理職も自ら考えることを求められる時代に

【柳川】そうですね。日本が経済成長を続けていた頃は将来の確実性が高く、技術革新も連続的な変化の延長線上にあったので、新しいアイデアを求められることの重要性は相対的に低かった。つまり変化が乏しく将来の見通しがきく時代だったので、管理職も与えられた権限の中で何をすればいいかが判断しやすかったのでしょう。

ところが今はかなりのスピードで次々と技術革新が起こっていて、どちらの方向へ進めばいいのか、何をやれば儲かるのかといったことが明確ではない。だから管理職の人たちも、会社から「新しいアイデアを出せ」「イノベーションを起こしてくれ」と言われるわけですが、そのために具体的に何をすればいいかは誰も指示してくれません。その結果、管理職も自分で考え、自分で決めて動くことが要求されるようになったというわけですね。

【木村】その通りです。新しい価値を生み出したり、今までのやり方を変えたりすることが管理職の役目になりました。経済成長期は前例踏襲でよかったが、これからは前例否定から入らなくてはいけない。それが大きな変化です。